三井寺の鐘

滋賀県近江八幡市


昔、近江の滋賀の里にすむ一人の若者が魚を売って暮らしていた。いつ頃からか美しい娘が漁に出る若者を見送るようになり、やがて二人は夫婦になる。

ところが、子供まで生まれたある日、女は自分が琵琶湖の竜神の化身であり、もう湖にもどらねばならないことを告げ、男が止めるのにもかかわらず湖へ沈んでしまった。

男は昼間はもらい乳をして子を育て、夜は浜へ出て呼び、現われた妻が乳を飲ませて去ってゆくという毎日であったが、ある時、妻は自分の右の目玉をくり抜いて乳の代わりにと渡す。子供は目玉をなめると泣きやんだが、しばらくしてなめつくしたので、浜に出て今度は左の目玉をもらってやる。

その時妻は、両目が無くなって方角もわからないから、毎晩三井寺の釣鐘をついてくれ、それで二人の無事も確かめられるので──と頼む。それから毎晩、三井寺では晩鐘をつくようになったという。(『近江むかし話』)

『日本伝説大系第八巻』(みずうみ書房)より

追記

蛇女房譚の典型話。この話が語られたのは近江八幡市となっているが、三井寺とは園城寺であり、滋賀県大津市園城寺となる。単に話型が典型というよりも、この話型の代名詞である。各地で語られるものも、その土地の伝説に転じていない場合(昔話として語られる場合)は「琵琶湖の三井寺というところで」と語られる。

ただし、この話も単独で完結しているわけではなく、周辺に色濃い竜宮譚の連絡するものでもあると思われる。同地の蛇女房譚に絞って見ても「蛇女房(乳母になるのだが)が鐘になる」などというケースもある。