火種子

鹿児島県大島郡与論町

昔、ミロクのホトケとシャカのホトケが「世の中」を奪う争いをした。そして、寝ている間に枕元の花が先に咲いたほうの世の中にしては、ということになった。それで各々花瓶を枕元に置いて寝たが、夜中にシャカのホトケが目を覚ますと、ミロクのホトケの花瓶の花が咲いてしまっていた。

それでシャカのホトケは花を取り換えてしまい、自分の花が先に咲いたとしてシャカの世の中にしてしまった。ミロクのホトケは仕方なく、すべての者に目を閉じさせ、火の種子を隠し、竜宮へと立ち去った。

火の無くなった世の中でシャカのホトケも動物たちも困ったが、バッタだけが、下わきにある目から見ていたといい、ミロクのホトケが石と木に火の種子を隠したのを教えた。それで木をもみ、石を打って火種子を取り出すことができた。シャカのホトケはバッタをたたえ、死んでもアリに食われぬよう、木や草の葉の上で死ぬよういった。

このように、花を取り換えだましたシャカのホトケの世の中なので、嘘をついたり盗人が出たりする。ミロクのホトケは正直なので、楽しく暮らしたのだそうな。(『奄美大島与論島の民俗語彙と昔話』)

『日本伝説大系15』(みずうみ書房)より要約

話自体は火の由来の神話のようだが、ここには、「シャカのホトケ」と「ミロクのホトケ」がかつて世界を取り合い、敗れたミロクのホトケが「竜宮に去った」という驚くべき筋が示されている。

沖縄諸島から奄美のほうにはこういった神話感があるらしく、沖縄本島の「ミルクとサーカ」の話では、サーカに見える土地をすべて取られたミルクは「見えない土地は全部わたくしのものにする」といったという(結果ミルクの土地のほうが作物も良くできる)。

与那国のほうでは、ミルクが女でサーカが男なのだが、花を取られたミルクが去って作物がよく出来なくなったので、人々は「ミルクの唄」を歌い続けてミルクを呼んでいるのだそうな。

ここには『日本書紀』の国譲りで「幽れたる神事を治めましょう」といった大国主神の話と、黒潮に沿った海浜で海の向こうからミロクを迎えるべく様々な事柄が行われてきた話とを結ぶ感覚がある。