火種子

原文

むかし、ミロクのホトケと、シャカのホトケが「世の中」を奪う争いをして、どちらも譲りませんでした。そこで、ミロクのホトケがいいました。

「寝るとき、枕もとに花びんをおき、花びんに花が早く咲いた方の世の中にしては」ということに、両ホトケの相談がまとまりました。そこで、めいめい花びんを枕もとにおいて眠りました。夜中のころにシャカのホトケが目を覚ましてみると、自分の枕もとの花びんにはまだ咲いていないのに、ミロクのホトケの花びんには花が美しく咲き乱れていました。シャカのホトケは、ひそかに自分の花の咲いていない花びんを、美しく咲いているミロクのホトケの花びんと、とりかえておきました。それで、約束どおり、とうとうシャカの世の中になりました。そこで、シャカのホトケに世の中を奪われたミロクのホトケは、しかたなく、人類・獣類・昆虫類などにいたるまですべてのものに目を閉じさせてから「火の種子」をかくし、竜宮に立ち去りました。それから後は、火がまったくなくなったので、シャカのホトケはたいへん困りきってしまいました。シャカのホトケは、人類・獣類・鳥類・昆虫類など、生きているあらゆるものを集めて、ミロクのホトケが火の種子をかくしたところを尋ねました。だが、どれも、これも、

「目を閉じていたので知りません」とこたえました。ところが、バッタが進み出て、

「私が知っています」と申し出ました。シャカのホトケは早く話してくれと頼みました。バッタは、

「わたくしは、羽根で目をおおっていましたが、わたしの目は、下わきにあります。それで、ミロクのホトケが、石と木に火の種子をかくすのを見ました」といいました。シャカのホトケは、たいへん喜び、木と木をもみ合わせて火種子をとり、石と石を打ち合わせて、火種子をとることができました。シャカのホトケは、バッタに

「よく見てくれた。その礼に、一ついっておくことがある。お前が死ぬときは、地面の上に死んで、アリなどに食われるな。木の枝や、草の葉の上に死になさい」といわれました。そこで、この世の中でうそをついたり、貧しい者があったり、盗人が出たりするのは、シャカのホトケがミロクのホトケの美しい花びんを盗んで、自分のものにしたからだといわれます。一方のミロクのホトケは、正直でありましたから、楽しく暮らしたということです。(『奄美大島与論島の民俗語彙と昔話』)

 

(表題話・鹿児島県大島郡与論町立長)

『日本伝説大系15』(みずうみ書房)より