東照寺の大ぐも

静岡県焼津市

東照寺平という所に五作さん夫婦と美しい一人娘のちよが住んでいた。ある日、ひとりで山仕事に出たちよは、ふとしたはずみで鎌を谷底に落としてしまった。それで困っていると、そこへ見たことない気品ある若者が現れ、訳を聞くとすぐさま鎌を拾ってきてくれた。

それで知り合った二人は、それから親に内緒で山で会うようになったが、何やら楽しげに山に行く娘の様子に両親が気づき、事情を聞き出した。心配になった五作が一緒に山へ行き、現れた若者に素性を尋ねたが、若者は薄気味悪い笑いをするだけで、どこかへ去ってしまった。

その夜、天井から五作を呼ぶ声がし、聞くと皆が良く信仰している東照寺の観音様の使いのねずみだという。ねずみは若者の着物の裾に麻の糸をつけ辿るように教えた。言われたようにすると、若者は山を越え谷を渡った先の林の奥の岩穴に住む、胴が牛ほどもある土ぐもであった。土ぐもは人に化けて娘に近づき、食べてしまうのだと言い伝えられていた。

やがて正体を知られたくもが家を襲ってきた。しかし、ねずみに教えられて五作は娘を遠くへ逃がしており、また撃退法も教えられ、南バンの枯れ木と藁を束ねた垣根を巡らせ、青竹を籠目に編んで家を囲っていた。

そして、家を襲おうとする蜘蛛に気づかれぬよう、その垣根に火を放ち、五作は南無観世音と祈り続けた。その後、何かが倒れる地響きが二三回したかと思うと、それきり静かになった。夜が明けてみると、恐ろしい大ぐもが目をむいて死んでおり、五作の家には平和が戻ったそうな。

焼津市『やいづ昔話』より要約

場所はおそらく高草山の北東方になると思われる。東照寺は廃され、話の家もも明治の土砂崩れで花沢地区に移ったという(花沢の法華寺の奥院が東照寺だった)。東照寺平には昔は池があったともいう。

伝の家族が信仰していた東照寺の観音様は現存する。法華寺の聖観音立像(県指定文化財)がそうなのだろう。その東照寺の観音様が信仰するものを助けた、という話であり、「東照寺の大ぐも」という題は誤解を招くような気がするが、ひとまずはそのままとした。

ともあれ、全体的には蛇聟の話そのものである蜘蛛聟の話といえる。蜘蛛の場合は女郎蜘蛛の怪に代表されるように、蜘蛛が女になって人の男を引く話がもっぱらであって、蜘蛛が男になって人の娘を引こうとする話というのは非常に珍しい。

蜘蛛は糸を編む・紡ぐことから淵の機織姫と置き換わる。そして、機織姫はまた人の男が滝淵に落としたヨキ(手斧)を(条件付きで)男に返す存在でもあるが、東照寺の話の蜘蛛も前段で娘が落とした鎌を拾っている。これは明らかにヨキ淵の機織姫を意識した導入だろう。