東照寺の大ぐも

原文

高草山の裏がわに、東照寺平というたいらな場所があります。そこには昔、東照寺というお寺があり、近くに三軒の農家もありました。お寺のすぐ前の一軒には、五作さん夫婦と、一人娘のちよさんが住んでいました。三人とも信仰があつく、朝晩、東照寺の観音様をおまいりしていました。

一人娘のちよさんは働き者のうえ、たいへん美しい娘でした。

ある日のことです。一人で山仕事に出たちよさんは、ふとしたはずみで、手にしていた鎌を谷底に落としてしまいました。さてどうしたものかと困っていると、どこからやってきたのか、今まで見たこともない若者が現われました。気品のある顔だちでしたが、目のするどい若者です。

若者はちよさんにわけを聞くと、人間わざとは思われないような早さで、鎌をひろってきてくれました。若者は鎌を渡しながら

「あなたは毎日このあたりに来ますか。」と聞きます。

「はい、毎日。」と答えながら、ちよさんが

「あなたはどこの人ですか。」と聞くと、若者は

「山の向うの者です。」と答え、そそくさと山をくだって行きました。

ちよさんは、このことを両親に内しょにしました。そして、翌朝もいそいそと山仕事に出かけました。しばらくすると、きのうの若者が現われ、二人は楽しげに話しはじめました。

こんな日が、しばらく続きました。何やら楽しげに山仕事に出かけるちよさんのようすに、両親が気づき、ちよさんを問いただしました。

「はい、……。」と、ちよさんは今までのことを両親に話しました。

父親の五作さんは、心配になりました。そこで、ちよさんといっしょに山へ出かけ、若者を待っていると、若者がいつものように現われました。五作さんは若者に

「どこの何者だ。」とたずねると、若者はうす気味悪い笑いをして、どこかへ去っていきました。

その夜です。心配しながら五作さんが寝ていると、真夜中ごろ、天井で

「五作さん、五作さん。」と呼ぶ声がします。「はて、だれかな。」と聞き耳をたてると、

「私は観音様の使いのねずみです。山の若者が二、三日のうちにやってくるから、そのときはごちそうをしてやりなさい。そして、若者が帰るとき、こっそり麻の糸を若者の着物のすそに結びつけなさい。麻糸をたぐっていけば、若者の居場所がわかります。」

といいました。

五作さんがしたくをして待っていると、三日後に若者がやってきました。五作さんはねずみに言われたとおりのことをして、若者を帰しました。次の朝、五作さんは麻糸をたよりに、山を越え、谷を渡って若者を追いました。

麻糸は、林の奥の大きな岩穴の中に消えていました。その岩穴には、胴が牛ほどもある大きな土ぐもがすんでいて、人間にばけて娘をたべてしまう、という言い伝えがありました。住みかを知られたからには、娘がくもにたべられてしまう。おそろしさにふるえながら五作さんは家にとんで帰ると、夜も眠らず観音様においのりをしました。

するとその夜、また使いのねずみが現われて、こう言いました。

「くもが本性を現わして襲ってくるから、娘は遠くへあずけなさい。それから、くもを退治するために、南バンの枯木をたくさん集めて、わらといっしょにたばね、家のまわりに垣根をしなさい。家は青竹で、かごの目のようにかこいなさい。そしてくもが現われたら、気づかれないように、南バンの垣根に火をつけなさい。」

さっそく五作さん夫婦は、一生懸命言われたとおりのしたくをしました。

二、三日たった大雨の夜のことです。ガサッ、ガサッ、ドシン、ドシンと、今にも家がつぶれてしまいそうな大きな音が近づいてきます。ついに大ぐもが襲ってきたのです。

五作さんはおそろしさをこらえながら、ころあいをみて、ねずみに言われたように、南バンの垣根に火をつけました。そして、南無観世音と祈りながらずっと待ちました。

どれくらいの時間がたったでしょうか。何か大きなものがたおれるような地ひびきが二、三回したかと思うと、それきり静かになりました。

次の朝、おそるおそる外をのぞいた五作さんが見たものは、大きな目玉をむいて横たわる、大ぐもの死がいでした。それからの五作さん一家には、またもとの平和がもどりました。

焼津市『やいづ昔話』より