夢枕に立つくらがり沢の大蛇

長野県上伊那郡箕輪町

明治元年の春から夏は雨量が多く、天竜川や支流が氾濫して被害が多かった。そんな五月のはじめ、澄心寺の黙仙和尚が眠っていると、真夜中に身を飾った妙齢の美人が現れ、一生のお願いがある、と話し出した。

それは、自分は青雲山のくらがり沢に千年住んだもので、山に千年住んだので今度は川に千年住んで昇天したいと思う、ついてはこの沢を下るよりほか道はないので通してくれ、というものだった。和尚はこれは大蛇の化身と感づき、女は寺や村人には被害を与えないからというものの、困ってしまった。

女が消え、床に起き上がった和尚は夢だったかと思った。それにしても不吉な夢だ思い、翌朝開仙、瑞仙、周仙を従えて、くらがり沢の入口に大蛇の出られぬ様にませ石を伏せて、経文を書き読経を唱え、仏法の力によって大蛇を封じ込んだ。

その後一週間ほど経ってませ石を伏せられた。大蛇は荒れ狂って南沢へ抜け出し、澄心寺は壁をぶち抜かれ、根こそぎになった木が突っ込んだ。さらに甘酒の様なドロドロが三百六十帖の畳の上に五尺から九尺も埋まって、一畳も役に立つ畳はなく、下に続く田畑も大きな被害を受けた。

「ふるさとの民話」編集部『ふるさとむかし話』
(龍共印刷株式会社)より要約

青雲山澄心寺は京極家開基の大寺で、今も立派に構えられている。寺でこの話を「闇沢の蛇抜け」と伝えており、今の法堂の柱にその土砂災害の爪痕があるそうな。実際の災害の記憶と並べ語ることのできる蛇抜け伝説の事例であり、国交省の災害伝承事例の一覧でも要注目事例になっている。

後段文意がわかりにくく、ほぼそのまま載せたが、一週間たったのでもうよかろうと「ませ石」なるものをどかしたら大蛇が暴れ出た、ということだろう。「甘酒の様なドロドロ」というのも不明。