大昔、彦左衛門という人があり、全国の深山幽谷を巡って信濃の立科山の麓は茂田井に来た。大きな一本の青木があって景色良く、旅の疲れが出た彦左衛門はそこに寝ころんだ。ところが、不思議なことに狐が枕元に来て、こんこんと啼き、袖を喰えて引くのであった。
彦左衛門は、自分が寝込んだところを喰おうというのか、と大いに怒って、太刀を抜いて一打ちに狐の首を切った。すると、首は空に上がったきりおちてこない。彦左衛門が見上げると、青木の大木から三丈ほどの大蛇が大口をあいて一呑みにせんとしており、狐の首がそれに喰いついていた。
彦左衛門は藤蔓に取り付き青木に上り、狐に噛まれ苦しむ大蛇をずたずたに切り捨てた。そして、危難を知らせてくれた狐を斬ってしまったことを後悔し、一社を建てて狐を祀った。これを青木原稲荷といっており、商売の利を授け難病も治す霊験があらたかという。