青木原稲荷

原文

大むかし彦左衛門という人があった。日本国中のあらゆる深山幽谷を残るところなく回って、信濃国の立科山の麓の茂田井にさしかかった。原の中に大きな一本の青木があって、藤や蔦がからみついて非常によい景色であった。一首詠もうとして休むと、旅の疲れかしきりに眠くなった。蓑や笠をとり草を枕にして寝たところが、不思議なことに狐が枕もとに来て、こんこんと啼きながら袖を喰えて引き起した。彦左衛門は大いに怒って「おのれ畜生、我が眠りにつけこんで喰わんとするか、思い知れ。」といいながら太刀を抜いて、ただ一打ちに首を切った。不思議なことに首は空にあがったきり地に落ちてこない。彦左衛門が上を見れば、青木の大木から三丈(約九メートル)ほどの蛇が大口をあいて一呑みにしようとしている。切り落された首が蛇の首筋に喰い付いている。蛇はくるくると首を回して苦しむようす、彦左衛門は藤蔓に取り付きながら登り、蛇をずたずたに切り捨ててしまった。

危い難を逃れた彦左衛門は後悔したが間に合わない。一社を建てて狐を祭った。青木原稲荷といっている。霊験があらたかで富貴を与え、商売の利を授け、難病さえ直すといわれている。(橋詰橋次郎62)

『限定復刻版 佐久口碑伝説集 北佐久篇』
(佐久教育会)より