お仙ヶ渕

長野県上田市

昔、武石村にふらりと三姉弟がやってきて住み着いた。上からお仙、庄兵衛、金次郎といったが、この三姉弟が来てからというもの、穏やかだった村が急に事件ばかり起こる村になってしまった。毎晩のように兎が盗まれ鶏が奪われ、そうした場所には決まって大蛇の鱗が落ちていた。

村人は大蛇の仕業に違いないと噂し、よそから来た三姉弟が怪しいと睨みはじめた。そして、注意しておったところ、やはりその者たちとわかったのだった。しかし、相手が大蛇となると、退治をすれば祟りを蒙るやも知らず、村人たちは恐れて思案した。

そこで考え付いたのが、三人を神様として祀って、封じ込めることだった。場所を選ぶにあたっては蛙や岩魚がたくさんいて神が不自由しないところが探された。こうして、お仙は今のお仙ヶ渕、庄兵衛は築地原のしょうぶ池、金次郎は権現の金次郎池に丁寧に祀られることとなった。

これより一年に一回はお祭りをするようになり、家畜の盗難事件などはなくなったそうな。また、旱魃の際はお仙ヶ渕のご神体に祈るとこれを逃れることができたという。

和田登編『信州の民話伝説集成【東信編】』
(一草舎出版)より要約

今は上田市に入った武石村のお話。武石川という川に沿った土地が舞台となっている。六部殺しの亜流のようでもあり、小さな中世縁起の結構のようでもありという興味深いお話。日本の神というものの一側面をよく表している伝説といえるだろう。

お仙ヶ渕は現在観光名所として宣伝され、この伝説の中心となっている。しょうぶ池、金次郎池も実在した池で、しょうぶ池(庄兵衛池だろう)の方はほぼ田となっているようだが、金次郎池は今もある。

お仙ヶ渕ではまた後日談として、渕で釣られた大岩魚が口をきく「物いう魚」の話が派生していたりもする。この際に大雨が降ったから、以降日照りの際にお仙ヶ渕のヌシ・お仙さまを怒らすようなことをすれば雨が降る、という雨乞いの次第となったのだという。

お仙ヶ渕のある巣栗渓谷から、一番下(東に流れる)の金次郎池の権現(字名)まではわずか五、六キロというところだが、ひとつの川の上から下へと三姉弟の大蛇を祀ったというのは、流域感覚と竜蛇伝説の関係を考える上での一つの典型となるだろう。