池の平

山梨県西八代郡市川三郷町

昔、一条の城があった頃、山の中腹に豊かな湧水の淵があり、底なしといわれ、そこから城まで水を引いたともいう。川浦の一百姓がそのまわりを開墾していたが、ある日昼寝をしていて奇妙な夢を見た。

池の縁に多数の神さまが出てきて、一日で立派な田に変えてしまう、という夢だった。百姓は驚いて目が覚め、あたりを見回すと特に変わったところもない。そこで煙草を出して一服していると、池から大きな山蜘蛛が出てきて、自分の足の親指に糸をかけているのだった。

百姓は不思議に思い、その糸を近くの木の切り株に掛け替えた。その後も山蜘蛛は何度か糸をかけていたが、一刻を過ぎたころ、大きな音を立てて、その切り株は池の中央に引き込まれてしまった。百姓は驚き一目散に山を下りて、事の次第を名主に話した。

話を聞いた名主は、村人を集め、谷合を切り開いて水を流し、その後村中総出で一年をかけてこの淵を埋めてしまった。そこは立派な田となり、旱害の年も、ここだけはよく実ったという。その後、この池の平は蓮田となり、春先には蛙が多く見られる。

三珠町教育委員会『語りつぐ三珠』より要約

田になった、とある後、蓮田となったとあり、資料には池のような写真がある。今はまた池なのかもしれない。川浦交差点から東側の山の中腹に池が見える。ともあれ、そのあたりにこのような蜘蛛ヶ淵の話があったということだ。

この話には特異なところがあり、百姓は蜘蛛に糸をかけられる際、昼寝をしており、夢を見ている。寝てしまうことそのものは珍しくなく、蛇や蜘蛛の怪が出現する前には眠気をもよおすというのは定型。問題はその夢の方だ。

また、蜘蛛が糸をかけることそのものが告知だ、という見方もできる。蜘蛛ヶ淵の話で実際起こっている現象は、おそらく土砂災害だ。話そのものが土砂災害を蜘蛛が予告している話、と見ることはできないだろうか。この甲州に見える夢を見させる蜘蛛の話には、そういう可能性が感じられる。