麻の葉に目を失いし神

神奈川県横浜市西区

戸部の杉山神社の神は、麻を忌む。例えば、子供の出産に贈る麻柄の木綿なども、氏子は決してしなかった。杉山の神は、かつてこの附近を遊行した時に、誤って麻の葉で片目を潰されたので、極端にこれを忌むようになったのだという。

氏子もこれに倣い、知らずに麻の葉を贈られたりしても、手も触れなかったという。今では麻の葉の贈答を見なくもないが、これは他所から越して来た人の子孫で、土着の老人などいる家なら、頑なに麻の禁忌をっ守っているのだ。

さらにこの事に因んで、杉山神社の祭礼には、戸部の若い者が集まって、豆殻で片目の蛇を作り、境内の小池で水をかけるという儀式が真面目に行われていた。

栗原清一『横浜の伝説と口碑・上』
(横浜郷土史研究会・昭5)より要約

資料上中区の話となっているが、今は当時はなかった西区となっている所。戸部杉山神社というと、今の戸部地区にはなく隣の西区中央に鎮座されるが、昔は皆戸部だった。現在では大国主命が御祭神ということで、蛇どころか狛鼠がいる。白鳳三年の創建だと神社ではいい、式内の杉山神社は当社であるともいう。

そのあたりはさておき、武蔵杉山神社といえば、日本武尊の東征伝ともよく関わり語られ、安房に渡来した忌部氏との関係も勘案される社だが、それが麻を忌むというのだから、なかなかに難しいところだ。

また、神が特定の植物の葉で目を突いたがゆえに禁忌とするという例は全国枚挙にいとまなくあるが、それが麻であるというのはあまりない例かもしれない。ともあれ、興味深い武蔵杉山神社群だが、その中で蛇が直接に登場する一事例として重要であるだろう。