麻の葉に目を失いし神

原文

戸部の杉山神社の祭神は麻の葉を悉く忌まるるということであった。

たとえば子供の出産に、近隣の人々へ麻の葉形の木綿を贈る一般の風習に背いて、西戸部の杉山神社の氏子は、昔から麻の葉と名づけるものさえ決して手にしなかった。杉山の神、曾つてこの附近を遊行し給う時、誤って麻の葉で片目を潰されたが為めに、極端にこれを忌まれるようになった。氏子もこの御心に背かぬように、固く守って忘れなかった。若し知らずに麻の葉を贈られても、こればかりは屹度手も触れなかったと云う。今、ともすると麻の葉の贈答を見受けることも無いではないが、よく尋ねると、これは他所からこの町へ移住して来た人たちであって、昔の神意をあまり泌々と考えなかった者の子孫で、土着のもので老人などのある家なら、必ず昔通りの仕来たりを、すこしも頽さずに守っているのである。このことに因をなして、昔此の神社の祭礼には戸部村の若い者が集まって、豆殻で片目の蛇をつくり、境内にあった小池に入れて水をかけるという儀式が、真面目に行われたということである。(市電扇田下車凡ソ一丁)

栗原清一『横浜の伝説と口碑・上』
(横浜郷土史研究会・昭5)より