奥沢の村では、毎年秋に入ると人々がだるくなってしまい、秋の収穫にも支障をきたすという難事が起きていた。これは魔物の仕業かと、名主さんや和尚さんや神主さんが寄り集まって相談し、村境などを清めたが、状態は良くならず、名主さんの長男やその奥さんも熱で寝込み、ついには元気な名主さんまでも熱を出してしまった。
その名主さんの夢に八幡の神が現れたのだという。神さまは、村の祭りに鳥居に縄で編んだ蛇を巻きつけ、祭りの前に村中を掃除するように、そして水を飲まずに湯をさまして飲むように、と告げた。
名主さんは熱が引いてから、村の祭りに間に合うように村の人々を指導し、縄の大蛇を作り、やぶやどぶをきれいにし、ごみを燃やし、家の風通しを良くし、生水を飲まぬようにさせた。それからは、奥沢村から病人はいなくなったという。
奥沢神社(八幡さま)には今も鳥居に大きな藁蛇がかかっている。その由来の昔話。しかし、単に藁蛇のことにとどまらず、村人総出で行う道普請などの由来の話でもあるのだと見える。生活指導に熱心な八幡さんというのも面白いが。
横浜のほうで見たような、村を守護する蛇・藁蛇などの話(「蟠まる魔除の大蛇」)から、多摩川をさかのぼってこういった蛇が蜿蜒としていたと思うが、それはマジカルな道切というのにとどまらず、より日常生活に密接した行事の話なのだと心得るべきだろう。
私が訪れた時は、拝殿前に「たまごスープの素」が供えられていたが、たしかに、住人と密着した蛇の姿ではある。昭和14~32年の間藁蛇は中断されていたが、それは昭和14年に、鳥居が木製から石造に変えられ「石の鳥居では蛇の腹も冷えてしまうだろう」と心配されたからだという話もある(『世田谷区民俗調査第5次報告 奥沢』)。