赤蛇と白蛇

栃木県大田原市

昔、大豆田の湯泉神社の社叢、あかがしの杜に「赤へび」と「白へび」が棲んでいた。幾歳月を経たアカガシの老樹のウロの中や、南のくぼみに湧く清水の草むらにその姿が見られた。中には、白へびが那珂川の手箱岩の渕に戻るところを見た、という人もいた。

里人はこの赤と白の番のへびは湯泉大明神のお使いであると思って大事にし、その姿を見たら去るまで合掌する老翁もあったという。しかし、ある夏の夕立の際、雷がアカガシに落ち、中にいた二匹の蛇が焼け死んでしまった。里人が埋めてやろうとしたところ、不思議とその影も形も消えてしまったという。

それから長い時が経ち、今度は頭に真っ赤な玉をもった大きな蛇がこの杜に見られるようになった。ところが、小心だが残虐な若者がおり、ある時、この蛇が藁ぼっちのところで寝ているのを見つけて、棒で叩き殺してしまった。この際も、蛇の死骸は跡かたもなく消え失せたという。

赤玉の蛇は、赤白のお使い蛇の生まれ変わりに違いないと思っていた里人は畏れ、話し合った。そして、その心配の通り、可愛がっていた若者の子が病気となり痩せ衰えてしまった。静かに寝ていたものが急に跳ね起き、とうちゃん、へびが恐いよう、と泣き叫び出し、とうとう蛇の呪いにより死んでしまったという。

阿久津正二『黒羽地方の伝説集 鵜黒の里』より要約

現在も大豆田の鎮守として鎮座される湯泉神社の伝説。『黒羽地方の伝説集 鵜黒の里』では、若者が改心して湯泉さまに謝って子どもが健康となる、という筋で幕となっているが、後註には「原話では、蛇がこれを殺した若者の一家をのろって子どもを殺したという終末になっていますが」とあり、そちらの筋から要約した。

赤樫の森は、規模は小さいが今もあり、県指定天然記念物となっている。『黒羽地方の伝説集』では、このうちの赤蛇とは、そのアカガシの老樹からの発想だろうといっているが、確かにそうであっておかしくない老樹大樹が立ち並んでいる。

しかし、重要なのはむしろ白蛇で、「那珂川の渕にある手箱岩のあたりにもどるところを見かけたという人がありました」というイメージを覚えておきたい。手箱岩の渕というのは程近くにある近隣の水神信仰の要となる渕で、そこに竜宮があるという伝説もある。

那須野に多く祀られる湯泉・温泉(ともに「ゆぜん」という)大明神が何の神かという問題があるのだが、この大豆田の湯泉神社を見るならば、川縁に鎮座し、そういった蛇の伝説を語ることからしても、極めて水神の性質の強い神だといえるだろう。

また、伊豆の修験の元締めである熱海の伊豆山権現(走湯権現)には、その地下に赤と白の竜が交わっている、という伝説がある。伊豆山神社では今も赤と白の竜が手水の水を吐いている。これは温泉(おんせん)そのものを示した竜の伝であると考えられるが、那須でも「湯泉」神社に赤白の蛇がいたというなら伊豆山を連想しないわけにはいかない。現状どのような繋がりがあるのかはわからないが、頭には入れておくべきだろう。