昔のこと、黒磯村の加茂神社には、雷様の箱宮という雨を降らせる不思議な箱宮がお祭りしてあった。日照りが続いて困ったときには、コイド橋のとこで、その箱宮を台に乗せて、太鼓を叩いて村人たちが踊ると、雷様もうかれて雨を降らせたそうな。この箱宮の蓋は決して開けてはならぬとされていた。
ある時、離れた村が日照りに悩んだ挙げ句、黒磯の箱宮の話を聞きつけ、加茂神社からその箱を持ってきてしまった。しかし、その村の衆は箱宮をどうお祭りしたら良いのか分からない。箱をいじくり回しているうちに箱宮の蓋が外れてしまった。
箱宮の中から、稲光が竜のように空へかけあがるやいなや大嵐となり、恵みの雨どころか田は海のようになり、作物は皆流されてしまった。これは天罰と慌てて加茂神社に箱宮を戻し、次第を聞いた黒磯の村の年寄りたちが箱宮を囲み一心に〝光明遍照十方世界念佛衆生攝取不捨〟の念仏を唱えると、ようやく雨が上がった。
その後も箱宮は何度かさらわれたり戻されたりをしたそうな。お年寄りたちが唱えた念仏は、いつの頃からか、五か村念仏とよばれるようになって、今でも続いている。
磯町に加茂神社は今も鎮座されるが、周辺並みいる名社古社と比べればつつましい村のお社だ(箱宮の現状は不明)。しかし、風土記の晡時臥山伝説(「朝房山の蛇」)を考える上でこれは大いに注目すべき伝であると思う。
なんとなれば、晡時臥山の神の子の蛇の話は、『山城国風土記』逸文に見る賀茂別雷命の話と非常によく似ている。別雷命はすんなり屋根を突き抜け天に昇っているが、全体の構成は晡時臥山の話もほとんど同じだ。
晡時臥山の神の子の蛇は甕に捕らえられ、山に落ち以降祀られるわけだが、その麓(それを朝房山としてだが)といえる範囲に、雷様を封じた箱宮がある、あった、というのは特筆すべき事柄だろう。別雷命は必ずしも雷神ではないが、北関東では広く雷さんを別雷命と祀る。
そうなると竜蛇と雷がこの地で重なるのか、という点が問題となるのだが、そう遠くなく笠間の佐白山には双方の伝説がある(「佐白山の雷神」から)。ともあれ、箱宮に封じられている雷様が蛇であったとしたら、風土記の伝の末の社の最有力候補になるだろう。