辰巳おろし

福島県南会津郡南会津町

和泉田集落の辰巳の方に辰巳山がある。昔、その麓の沼の畔に欲深い炭焼きの若者が暮らしていた。独り身だったが、その理由は女房をもらうと飯を食べるからだというものだった。そんな男の前へ美しい女が現れ、ご飯は食べないから女房にしてくれ、といって嫁となった。

しばらくして女房は身ごもったが、産屋を作って水の入った盥を置いてくれという。そして、決して産屋を覗いてはいけないといったが、これにそむいて男が覗いたところ、一匹の大蛇が盥の周りをグルグル巻きにして生まれた子に尻尾で水をかけているのが見えた。

男は恐れて知らぬふりをしたが、女房は正体を見られたからにはここには居れないといい、生まれた子が母恋しさにむずがるようならこれを舐めさせるように、と自分の片目をくりぬいてわたし、沼の中へと入って行った。

男は子どもに目玉を舐めさせながらかわいがって育てていたが、ある時、山に木を切りに行った際に大切な目玉を落としてしまった。そして、これがもとで子どもは間もなく亡くなってしまった。男は嘆き悲しんで毎日を過ごしたという。

それからというもの、夏になると雷鳴がとどろき、雨風強く人家を破り田畑を流す暴風雨が里を見舞うようになった。人々はこれを「辰巳おろし」と呼んで、龍神のたたりだと恐れ、龍目の権現を建て祀るようになった。そののちは辰巳おろしも和らいだのだそうな。

『南郷村史 民俗編』より要約

南郷村は福島県の南西の方、今は南会津郡南会津町に併合されている。食わず女房の中心モチーフであるその怪を蓬・菖蒲などで避けるという点が完全に脱落して蛇女房の話にシフトしている珍しい事例といえるだろう。

食わず女房の「頭にある本当の大口」が蛇を示しているという話がままあり、その正体が鬼婆や蜘蛛では説明がつかない点を説明しているが、この辰巳おろしの話は、それをいわずもがなのこととしているのだと見える。