蜘蛛の恩返し

青森県弘前市

昔、あるところにあん様がいた。仕事から夜帰ってくると、天井から一匹の蜘蛛がおりてきた。夜の蜘蛛は縁起が悪いから、と火にくべようとすると、蜘蛛がどうか助けてくれ、と言った。それであん様は気の毒になって、そっと放ってやった。

それから四五日して、きれいなあね様が訪ねてきた。あね様は泊めてくれ、それで嫁にしてくれ、という。あん様が自分は貧乏だからと断ると、それでも良いという。それで二人は結婚したが、嫁は毎日機を織って稼いでくれた。その織物は大変立派で、近隣の皆がほしがり、噂は殿様の耳にも入った。

ところが、殿様から千反の織物を城へ納めるように、という難題が持ち込まれてしまった。困り果てたあん様が嫁に相談すると、嫁はただ事ではないが、千反織る、という。そして、その間は決して織っているところを見ないでくれ、とあん様に言った。

こうして幾日も嫁は機小屋にこもって機を織ったが、入口に食事を置くだけのあん様は心配になってついに小屋を覗いてしまった。すると、機を織っているのは恐ろしい大蜘蛛だった。蜘蛛は、ごはんのお鉢に首を入れて、食べながら機に行って糸を出し、織物を織っているのだった。

あん様が驚いて声をあげると、蜘蛛は振り向いて、とうとう見られてしまった、つぶやき、織った千反の反物を置いて、その家からいなくなってしまった。嫁は、いつか助けた蜘蛛だったのだ。

斎藤正『[新版]日本の民話7 津軽の民話』
(未來社)より要約

鶴女房の鶴を蜘蛛にしたらこうなる、という話。ただし、どちらが先かという問題は難しい。滝淵の竜蛇と蜘蛛はしばしば入れ替わるが、なぜ見た目の全く違う二者がそうなるのかというと、竜蛇が機織姫を仕えさせ(しばしば自身が機織姫であり)、蜘蛛が糸を引くからであると考えられる。

すなわち滝淵の女郎蜘蛛は織姫に近しい存在ともなる。この話は、そういった繋がりを、蛇女房・蜘蛛女房という話型で連絡している事例といえる。鶴よりも竜蛇とのつながりということでは、その近しさがわかりやすい話なのだ。

しかし、蜘蛛が恩返しに機を織る、という話はそうそうはなく、土地を定めた伝説としては、那須の御亭山の綾織姫が蜘蛛となる場合(通例は竜蛇)があるくらいだろうか。おそらく先に行けば増えてくるかと思うが、現状貴重な話型ではある。