ボントックの虹の伝説

門部:世界の竜蛇:フィリピン:2013.03.31

場所:フィリピン:ボントック
収録されている資料:
『フィリピンの民話』(青土社):「ボントックの虹の伝説」など
タグ:虹の蛇


伝説の場所
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ルソン島の北側というのは近代化の流れから取り残されて「化外の地」と見なされてきただけあって、固有の文化が生き残っている地だ。要は首狩り族の地でありボントック族(バギオ市の方に下って都市民化しているボントックは別)もそうなのだが、この習俗は近代化への抵抗という形で今も存在するのだそうな。

「二〇〇二年に、マウンテン州でレパント鉱山会社が海外資本と提携して金鉱の試掘を始めたとき、ボントックの人びとはピケを張るとともに、槍と首狩斧を持って鉱山技師をつけまわし、ついに測量を断念させたという」(明石書店『講座世界の先住民族2 東南アジア』より)

ボントック族の民族衣装
ボントック族の民族衣装
リファレンス:Visit Bontoc画像使用

われわれはフィリピンと言われるとマニラのイメージがもっぱらだが、その北側にはまだこのような少数民族の暮らしが残っているのである。

さて、しかし今回は実は「竜蛇」がはっきりとは出て来ない話であり、いずれどこかで繋がってスペアをとるかもしれない、という布石の配置となる話。そのようなので、あまりボントック族の詳細に関して今の段階で踏み込んでどうこうということはせず、表題話と関係線をのばすためのいくつかの話の紹介をもっぱらとしよう。

ボントックの伝統家屋
ボントックの伝統家屋
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「ボントックの虹の伝説」:
昔ある男が犬を連れて猟にでかけた。鹿を見つけて追ったが、いつもその鹿は忽然と姿を消してしまい、捕まえることができなかった。あるとき、湖の近くでまたしてもその鹿を見失い、ふと見ると、女が一人立っていた。男はこの女が鹿を捕まえたのだろうと思い、面白くなく、女に槍を向けた。すると女はいきなり「結婚して下さい」といった。男はこの女と結婚し、二人の間には三人の子も生まれた。
男は狩りを続け、たくさんの獲物を持ち帰ったが、あるとき不思議なことに気がついた。あれだけの獲物の骨を捨てた形跡がないのだ。そこで妻のあとをつけて調べてみると、妻は泉のほとりで獲物の大きな猪から骨をすべてとり出し、脇の下にはさんだ。男は妻の前に出て、おまえは人間ではなかったのか、といった。
「そうです。私はティラク(虹)です」と妻はいい、空に上がっていき、見えなくなった。三人の子どもたちは大きくなり、それぞれ結婚したが、この子孫はクミトゥウェングス(妖怪)と呼ばれ、サダンガに住み、まわりに死をもたらすと人びとは信じている。虹は不吉のしるしなのだ。空に虹が出ると、すべてを取りやめなくてはいけない。空にティラクが出ているときには、たとえカニアオの儀式でも、中断し延期しなくてはならない。

編:マリア・D・コロネル『フィリピンの民話』(青土社)より要約

狩りに行っているが、ボントックは狩猟民族というわけではない。あのどこまでも棚田にしてしまう棚田水田農耕民である。系統的にインド北東部アッサムのナガ系諸族や東インドネシア(特にニアス島)の諸民族とともに巨石文化複合に属する文化要素を持つとある(これは重要)。

ボントックの棚田
ボントックの棚田
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巨石文化複合とは「棚田水田耕作、首狩り、動物供犠、頭蓋崇拝、巨石記念物の建立、威望儀礼などの文化要素をもつ民族文化を指す」のだそうな(概ねボントック族の文化に関する知見は合田濤の研究による。ネットで読めるものだと合田濤「オッチャス老の死:ボントック族の葬礼と世界観(PDF)」など。『講座世界の先住民族2 東南アジア』の当該稿も合田による)。

そのようなボントック族が蛇女房ならぬ「虹女房」の話を伝えていたわけだ。これまでにもアボリジニたちの虹の蛇の話をしてきたが、それらはいかにも農耕文化以前の悠久太古の神という感じであった。

エインガナ(アボリジニの虹の蛇)
タイパン(アボリジニの虹の蛇)

これがボントックでは人間と結婚してしまうわけであり、より私たちになじみ深い昔話の趣のある身近さになっている。そして、虹が「虹女房」であることは、より色々な女房譚への接続を見ていく結節点になるのではないかということを予感させる。実際、この話は天人女房譚に他ならないだろう。

ティラクが猪の骨をとり出し脇の下にはさむ、というのが分からないが、結果骨が見当らないという状態になったわけで、妻がそうして骨を取り込んでしまったということだろう。所謂ヴァギナ・デンタタの話の型であったのかもしれない。また虹が忌むべきものであり、その子孫も忌むべきものとされているが、これは現代的な「悪」というよりも死に近接する存在、死をもたらすもの、という意味であると思われる。ここにそもそもこのティラクは竜蛇的な存在なのかどうかという問題も関係する。

ボントックはまたプロト・マレー系であるとされるが、マレー半島には「虹の蛇」のイメージが濃く敷衍している。地中に住む大蛇の体から出る影が虹であり、虹の緑は肝臓で青は胃であるなどという(セノイ族)。この辺の感覚はアボリジニの虹の蛇とも近い。そして、これはアッサムのナガ系諸族にも見られ、次のようだという。

大地の虹の蛇の伝えは、インドの原住民にもある。アッサムのナガ諸族の系統の中部インドのマリア・ゴンド族でも、虹を「大地の蛇」と呼び、大きな蟻の穴の中からはい出して、雨が止んだしるしに、虹の光を空に投げかけるという。東南アジアの古層文化に属するとおもわれる諸民族に、顕著な虹の蛇の伝えがあり、しかもその蛇が明確に、ただの天の蛇ではなく、大地の蛇であるのは、観念の生成を考えるうえでたいせつな事実である。

東京美術『蛇の宇宙誌』より引用

さらに重要な点として、虹が神々の神霊との架け橋であるという概念が、ナガ系諸族やインドネシア群島の諸民族にあることだ。これは日本神話の天の浮橋のイメージとよく比較され紹介されるが、それは死者の霊が行く道でもある。

アッサムのナガ諸族にも、虹を神霊の橋のようにみる伝えがあり、やはり死者の霊がかかわっている。セマ・ナガ族では、虹の先端が村の中に落ちていると、戦いで住民の一人が殺されるという。またアンガミ・ナガ族などでは、死者を葬ったところに虹を表す竹の弓を設けるが、それは霊魂が天に昇る道を象徴するという。ベンガル湾のアンダマン諸島では、虹は死者の霊が住む世界とこの世との架け橋であるという。

東京美術『蛇の宇宙誌』より引用

同様にインドネシアのセレベス(スラウェシ島)からメラネシア・ポリネシアに渡って同様のイメージがあるという。あちらとこちらの架け橋であるという虹と、それが蛇なのだという概念は必ずしも同範囲すべての民族文化に共通するわけではないが、アッサムからマレーには重なっている伝が多く、ボントックもそのような世界観を共有する一端である可能性が高いだろう。

ボントックの棚田(1934)
ボントックの棚田(1934)
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このようなわけでボントックのティラクの伝説は、「虹の蛇」の一端である可能性が高いのだ。そして、先にも述べたようにそれがより身近な「虹女房」のような形であることから、虹を天人女房譚などと結びつけて考えてゆくための結節点となるのである。この点、ボントックと隣接民族の持つ所謂「サトウキビ泥棒」という民話が重要となる。その話も少し見ておきたい。

「ファリドフィド」:
広大なサトウキビ畑を持っているお金持ちがいた。あるとき彼は、採り入れ前のサトウキビがどんどん減っていることに気づいた。夜、畑に隠れて様子を見ていると、小さな(三人の)人影が忍び寄ってきてサトウキビを食べ始めた。飛び出して三人を捕まえようとしたが、二人は逃げてしまった。そして捕り押さえた一人は彼の手の中で星になってしまった。家に星を持ち帰ると、星はきれいな女になり、二人は結婚して子どもが四人生まれた。
ある時、母は五対の羽をつくりあげ、父が留守の間に一番上の子にその羽をつけ空に飛び立たせた。帰った父はそんなバカな話と取り合わなかったが、また留守の間にもう一人の子が空にのぼってしまった。父はずっと家にいることにし見張っていたが、寝ている間に今度は母が羽をつけて空に飛び立ってしまった。そういうわけで親子は空と地上に三人ずつ別れ別れになってしまった。

編:マリア・D・コロネル『フィリピンの民話』(青土社)より要約

これがボントックの天人女房譚である。実は周辺話に非常に星への信仰が強く見られ、これが大きく関係している点がおそらく重要なのだが、現状しかと何かを指摘できるわけではないので、今はさて置こう。いずれにしても日本のどこかの七夕とか天人女房の話だといっても通るような内容だ。そして、さらにこの「サトウキビを食べに忍びこんだ三人の存在」には前段がある可能性がある。これはボントックから見ると北の方に住む少数民族カリンガ族が伝えた話だが、サトウキビ泥棒の三人は蛇を父として生まれる。

「ダ ドゥリヤウ カン キワダ」:
ある日、イカワヤンが田んぼに行く道に大きな蛇がいて、自分と結婚するように言った。イカワヤンは蛇を父の元に連れて行き、父は蛇を殺そうとしたが、蛇はそんなことをしたら仲間がおまえを殺しにくるぞ、と脅し、父は何もできなくなった。仕方なくイカワヤンは蛇を家に連れて行ったが、戸口に着くとイカワヤンは逃げてしまった。しかし、妹のキワダは優しい娘だったので、蛇を優しくもてなした。蛇は毎日父親について田んぼに行ったが、大層な働きぶりで、ただの蛇ではないようだ、と父やキワダは見直した。
あるときキワダが蛇の様子をこっそり伺っていると、森に入ったはずの蛇がハンサムな若者になっており、蛇の抜け殻が落ちていた。キワダは大急ぎでその抜け殻を燃やしてしまい、若者とキワダは共に家に戻ると結婚した。この蛇がドゥリヤウだったのだ。
しかしこれが面白くないイカワヤンは、妹に生まれた男の子を三人森へ捨て、子猫とすり替えてしまった。男の子三人は森でマグサリバに大切に育てられた。男の子たちはサトウキビが大好きで、あるとき大きなサトウキビ畑に盗み入った。それはドウリヤウのサトウキビ畑で、彼は三人を捕まえ拳を振り上げたが、マグサリバが現われて、それはおまえの子たちだ、と告げた。こうしてドゥリヤウは三人の息子を連れ帰り、キワダも大喜びで迎え、身代りだった三匹の猫は三人の男の子のかわいいペットになった。

編:マリア・D・コロネル『フィリピンの民話』(青土社)より要約

所々説明がない部分があるが、ドゥリヤウというのがカリンガの祖の英雄といった所なのだろう。マグサリバは森の姥神のような存在か。ともかく、男女の役割が反転しているようなきらいもあるが、このように蛇を親として「サトウキビ泥棒の三人」は生まれているのである。母のキワダが「蛇の抜け殻」を燃やして結婚する所も、天人女房譚の羽衣を隠す次第(このモチーフは世界中にある)と関連して強い印象を与える一話である。

さて、これらの話はどれも断片的といったらそうで、総体的に一貫した何らかの軸があるのかどうかというのも胡乱なのだが、繋げて見てみた場合浮ぶのは「虹の蛇を女房(聟)として生まれる三人の子」という話があったのじゃないか、ということになるだろう。つまり、ここには虹の蛇と天人女房を繋いでいく痕跡があるかもしれない、ということなのである。これは本邦の民話伝承からは既に窺い難い。九州から沖縄の「あもれおなぐ(天降女子)」の伝説にその痕跡があるが、その先にあるのが台湾でありフィリピンである。

別の連絡としてはボントックの妊婦たちは「蛇皮の腹帯をする」というものがある。これは台湾の少数民族にもそれを思わせる伝承がある。インドネシア・マルク諸島のハイヌウェレが生まれたとき「蛇の模様の布」で包まれたことを併せ覚えておいてもよい。これは何より、そもそも「腹帯」という文化自体日本に独特の習俗でもあり、日本の場合も実用面だけでなく呪術的な面が強い。またそういった面は別の問題として扱うが、何かこのあたりの流れが続いているのだろうという感触があるのだ。

先にも述べたように、「虹の蛇」の伝承は概ね壮大で太古の息吹を感じさせるものが残り、知られている。しかし、それはつまり近い時代の信仰感覚との接続が量り難い、ということでもある。そこに、その間をつなぐかもしれないボントックの「虹女房」を配置しておきたい、とそういうことである。ティラクは、もしかしたら織姫や、あるいはかぐや姫たちの姉にあたるかもしれない(実はフィリピンにも竹から生まれる女の子の話もある)。そんな見通しを持っておきたい。

ボントックの伝統家屋
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