鰻のトゥナ

門部:世界の竜蛇:ニュージーランド:2012.04.20

場所:ニュージーランド:クック諸島など
収録されているシリーズ:
『世界神話伝説大系21』(名著普及会):「椰子の起源」など
タグ:竜蛇と鰻/ハイヌウェレ型神話


伝説の場所
ロード:Googleマップ

参照する『世界神話伝説大系』では「鰻退治」「椰子の起源」のタイトルなのだが、「トゥナ(ツナ)」という名を覚えておきたいのでこの稿は独自のタイトルとした。

太平洋に浮ぶ島々からなるポリネシアはそもそも陸上動物のあまりいない世界であった。遠洋を渡ることができるのは鳥などだけだから当然である。最初に出現した陸上動物が遠洋航海を実現した人類だったという島も少なくないだろう。無論蛇などもいなかった。オーストラリアに近い南側はBC16C〜BC5Cという古い時代に島伝いにラピタ文化が広がっているが、さらに遠洋に浮ぶ島々へオーストロネシアンたちが渡ったのは一世紀以降である(それでもスゴイ話だが)。

その太平洋一帯に「鰻のトゥナ」という神とも精霊ともつかない大鰻の神話が広がっている。既にインドネシアからメラネシアに蛇どもにまじって鰻を神格化した話があるが、これが人の移動とともに広がっていったのだ。まず、この「トゥナ」という名の扱いが面白い。そこを先に見ておこう。

英文の文献では〝eel〟と記されているが、ポリネシア語の原文ではほとんど〝tuna〟と記載されている。正確に言うと〝tuna〟という名称は鰻や穴子をさす魚名であるが、このトゥナはあとで見る東部ポリネシアの事例では鰻神の名前になっている。

後藤明 『「物言う魚」たち』(小学館)より引用

つまり蛇のいる世界では鰻・穴子などを指す一般名詞だったトゥナは、洋上蛇のいない世界への人々の進出につれて神格を上げていき、ついには固有の神名となったわけである。その東ポリネシアにいたったあとのトゥナの話を今回は見ていきたい。

クック諸島の海と椰子
クック諸島の海と椰子
レンタル:PHOTO PIN画像使用

「鰻退治」
あるときマウイの妻が、流れに水を汲みに行った。彼女が流れの岸に立っていると、ツナという者が、大きな鰻の姿をしてやって来て、いきなり尻尾で彼女を叩きつけた。そして彼女が不意をうたれて水の中に落ち込むと、ツナはこれを捕えて、自分のそばに引きつけて置いた。
これを知ったマウイは非常に怒って、流れに大きな丸太を二本横たえて置いた。そしてツナがそれを乗り越えようとするところを見すまして、これを殺した。色々な木や草や魚や深淵の怪物などが死んだツナの頭や体から生まれ出た。(ニュージーランド)

名著普及会『世界神話伝説大系21』より要約

マウイとはハワイのマウイ島のマウイであり、ポリネシア文化圏というもののだだっ広さにまず驚かされる。そして、マウイというのはそのポリネシア文化圏で一二を争うの英雄神だから(トリックスター的だが)、トゥナはそのような大神の妻をかどわかしたという話なのだ。まず人の世界で語られる蛇聟的な話よりもひと回り大きな話であることに注意したい。もっとも、そうは言ってもこれではなんだかヤクザな大鰻というだけの話のようなので、もう一話トゥナの話を見ておこう。

「椰子の起源」
イナという乙女がいつもの池で水浴びをしていると、一匹の大きな鰻が這い寄ってきて、体をすりつけてきた。イナはおかしな鰻だと思っていたものの、それから池に来る度に鰻が現われすり寄って来るので、親しみを感じるようになった。するとある日、鰻が凛々しい若者に変わって、驚くイナに思いのたけを語った。それからそのツナという名の鰻はイナの恋人として彼女を訪れるようになった。ツナは来る時は人間の姿をしているが、帰る時には鰻に変わるのだった。
そのような日が続いたが、ある時ツナは悲しげに「永久にあなたと別れる時が来ました。でも明日大水に乗じて、鰻の姿をして最後の訪問に参ります。そしたら私の頭を切り落として、地に埋めて、日ごとに眺めていて下さい」と言った。翌日ツナの言ったとおりに大雨となり、ひどい水が出、ツナは鰻の姿でイナの所へやって来た。イナは泣く泣く言われたとおりに頭を切り落とし、地に埋めた。そして、日ごとにそこへ出掛けていると、頭を埋めたところから緑の芽が生え、今まで見たこともないような立派な樹になった。これが椰子のはじめ。椰子の樹は、ツナというものの頭から生えたのだから、今日でもその実の皮を剥いでみると、この男の顔や目がちゃんと現れる。(マンガイア)

名著普及会『世界神話伝説大系21』より要約

イナとはシナともヒナともされる女神の名で、先のマウイの母・妻・妹として語られる(何せ広いポリネシアなのでところによって役割は変動する)。つまり最初にあげた話のマウイの妻と同じポジションと言える。英語圏では「Sina and (Her) Eel」という名で通っているようなので、以下シナとしよう。

このシナを巡ってマウイと対抗する鰻トゥナというのがポリネシア全体を通しての同系の話の基調のようだ。ただしところによって鰻への感情が両義的であるようで、マウイにも対抗する大鰻の戦士トゥナであったり、嫌がるシナにひたすら精力的に迫って成敗される大鰻トゥナであったりする。例えばポリネシア西部の方の同系話では次のようであるという。

ヒナという美しい娘がいた。彼女が水浴をする泉に鰻が棲んでいた。ヒナが水浴すると鰻は彼女にからみついたり、彼女の下半身に〝突き刺さって〟彼女を妊娠させる。あるいは鰻は男の姿になってヒナと交わり、妊娠させる。怒った人々が鰻を殺すと、かわいそうに思ったヒナはその頭をていねいに埋葬する。やがて、見知らぬ木が生えてくるが、葉はバスケットを編んだり、家の屋根を葺いたりするのに使え、毎日の生活に大事なものとなった。また、実は食料や油として利用できた。さらに、殻は器として使え、外皮からは丈夫な紐が作れ、人々は喜んだ。これがココ椰子の起源である。

後藤明 『「物言う魚」たち』(小学館)より引用

引用した後藤明 『「物言う魚」たち ―鰻・蛇の南島神話―』にはこの他にもたくさんのトゥナの話が紹介されており(まるまる一章が割かれている)、皆紹介したいがそうもいかないので是非みつけてみていただきたい(絶版のようだが)。

さて、このようなともすればエロウナギという感じのトゥナであるが、今回注目したい点は「椰子の起源」となっている所だ。マンガイア島の話にあった「その実の皮を剥いでみると、この男の顔や目がちゃんと現れる」というのは下の写真のようなものである。

椰子の実にあるトゥナの顔
椰子の実にあるトゥナの顔
リファレンス:National Park Service画像使用

これはまたトゥナの半裁された脳からそれぞれ生えてきたのだともされ、ココ椰子の白い果肉を「トゥナの脳味噌」とも呼ぶそうな。ともかくトゥナの身体性が反映されており、まるでハイヌウェレ神話のようであるわけだが、実にそこが問題なのである。

インドネシア・マルク諸島のウェマーレ族に伝わる女神ハイヌウェレ神話は、『古事記』に登場するオホゲツヒメのように体内から作物や財宝を出し、殺されたあと、体から作物が発生する。ただし日本と東南アジア・南太平洋をつなぐ地域である南東や台湾の高山族の間には死体化生型神話はあまり見られず、むしろ作物の種などを盗んでくる形の起源神話が一般的である。
さてハイヌウェレ神話を世に紹介したドイツのイェンゼンは、ウェマーレ族の観念の中では、女神ハイヌウェレと鰻が同じ役割を果たすと述べている。南太平洋では鰻の情夫型神話がココ椰子の起源神話になっていたが、ウェマーレ族にも鰻が作物や財宝に化生する神話が見いだせる。

後藤明 『「物言う魚」たち』(小学館)より引用

今試しにWikipediaの「ハイヌウェレ型神話」の稿を見ても、蛇だの鰻だののことはまったく載っていない。これはWikipediaにかぎらずハイヌウェレ型神話を話題に出す各書物でも概ねそうである。しかし、そうではないのだ。詳しくは別途まとめるが、そもそも生まれたハイヌウェレは「蛇の模様の布」で包まれるのである。もとより蛇・鰻らとの繋がりは強い。「あちら」からの富の出現するそのゲートに竜蛇は顔を出す、というライン上に、ハイヌウェレ型神話も十分のるものなのである。

ポリネシアの鰻のトゥナの神話・伝説は、このモチーフが拡散していったものとして大変重要なものとなる。また、オーストロネシア語族に片足を突っ込んでいる日本からしたら、遥か彼方の別世界のようなポリネシアの島々も親戚筋と言えばそうなのだ。すでに「日本の竜蛇譚」にも日本における蛇と鰻が入れ替わるような話を紹介しているが(愛媛の「大ウナギ」等参照)、こちらを辿る上でも今回のポリネシアのトゥナのことはよくよく頭に入れておく必要がある。

さらには鰻信仰の側面にとどまらず、瓜姫子伝説や養蚕のはじまりを語る化生神話へまでも繋がっていく可能性がある。これもまた、太平洋を舞台に語られた「蛇の知恵」の一形態なのだということなのだ。

memo

鰻のトゥナ 2012.04.20

世界の竜蛇

世界の竜蛇: