龍の頭

門部:世界の竜蛇:韓国:2013.02.21

場所:韓国:済州島
収録されている資料:
玄容駿『済州島の民話』(大日本絵画):「龍の頭」など
タグ:済州島の竜蛇信仰/龍脈


伝説の場所
ロード:Googleマップ

済州島(チェジュド)というのも紹介の草分け秋葉隆によれば「蛇鬼文化圏」と称されるほどに神話から昔話まで竜蛇だらけな所だ。また日本とは五島列島・対馬が近く、古代この方頻繁な交流のあった所であり、現代でも在日韓国人の人たちの内には済州島からの人が物凄く多い。伊豆の海にも済州島の海女さん(ヘニョという)が来ていた。すなわち「世界」と外に置くには近すぎる島であり、他の文化圏とは異なる扱いとする予定。おそらく「日本の竜蛇譚」の一都道府県に近い密度で種々の伝承を扱うことになる。そのようなわけなので、済州島の歴史文化などに関する概要は別途まとめることにして、今回はそのあたりはざっと見、表題の伝説に移ろう。

今回事前に知っておきたい流れとしては、孤立度の高い島文化とはいっても程度の問題で、実際には色々な時代のさまざまな文化が流入混合している、という点だ。中世高麗に帰順したが、モンゴル帝国の時代には元に統治され、百年その期間が続いたのは大きいとされる。

トルハルバン
トルハルバン
レンタル:Wikipedia画像使用

たとえば島のマスコットとなっているトルハルバン(城門の魔よけ、石老爺)も、石長栍(チャンスン)と同じようだが、造形的には(帽子など)モンゴルの文化の影響が見えるという。また李朝下では罪人が流される島とされたのだが、中には政治・思想犯としての王族など文化人も少なくなく(実に島の文化発展に貢献した済州五賢といわれる人のうち三人が流人だそうな)、内地のトップクラスの文人たちも島に住んでいる。もちろん李朝の政策基盤である儒教も強く奨励され、これによる文化の変質も大きい。孤島に内地と隔絶した文化が純粋に連綿としていたというわけではないのだ。しかし、一方で済州島の人は一定以上に上からの押しつけが重なると度々反発し、まるっきり外来の文化に染まってしまうということがなかった。

現代に至る頃には大まかには男たちが儒教に基づく祭祀を行ない、女たちがより古くからのシャマニズム色の濃い祭祀を保存してきたとされる。このような感じであり、色々な伝説も、それらの多面的な要素に繋がることをあらかじめ踏まえておく必要がある。

龍の頭:
安徳面の山房山の麓の海岸に、「龍の頭(ヨンモリ)」という坂がある。山房山からの裾野が絶壁を成して海に落ちる様が龍が海へ降りていくようなのでそういう。この「龍の頭」にはコチョンダリの伝説がある。
秦始皇帝の時代の話。始皇帝は天下を取ったが、隣国に帝王たるべき者が誕生するのを恐れて警戒していた。ある日知らせが入り、済州島に「王侯之地」があり、帝王の誕生する憂いがあると伝えてきた。始皇帝はコチョンダリを派遣し、その脈を断ってくるように、と命じた。
コチョンダリは島中を探索し、その地が山房山にあることを突き止めた。そして、断つべき脈が「龍の頭」であると判断した。そこで、まず龍の尾の部分をひと太刀で切り崩し、続いて背中の部分を切り崩した。
切り崩すや否や、岩から血が流れ出し、山房山はゴロゴロとうめき声を上げた。このために済州島には王が現われなくなったのだという。

玄容駿『済州島の民話』(大日本絵画)より要約

山房山
山房山
レンタル:Panoramio画像使用

コチョンダリというのは伝説の風水師といった感じの人で、始皇帝に仕えて済州島に派遣されてあれこれ画策するキャラクタ。他にも色々な話がある。たとえば始皇帝が済州島出身の美女を後妻としたが、彼女が大きな卵を五つ産み、中から五百人の猛将が生まれて暴れ回ったので始皇帝がコチョンダリに済州島の将軍穴(風水的に猛将たちの力の源になっている穴)を封じさせる、というような話もある。ちなみにその話のように、手に負えない人物が現われたら、その出生地の風水を変えてしまい力を封じる、という話が済州島には大変多い。

さて、そもそも済州島の竜蛇信仰の根本的な所は中国南部・古代越のものが流入したのだろうと考えられており、所謂環東シナ海文化の一端であるとされる。これに北方ツングース系のシャマニズムや風水思想がオーバーラップして大まかな全体構造ができていると思われる。「日本の竜蛇譚」で沖縄の風水思想を語っていると思われる伝説を紹介したが、済州島の話はよりダイレクトにそれを表現しているといえるだろう。

▶「大蛇クチフラチャー」(沖縄県国頭郡金武町)
▶「野嵩の山は竜」(沖縄県宜野湾市野嵩)

龍の頭の坂
龍の頭の坂
レンタル:Panoramio画像使用

しかしこれが理詰めの風水譚かというと、切ると血が噴き出していたり山がうめいたりとより自然神を相手にした話のようでもある。そして、ここからより古い感覚へと様相は繋がっていくのだ。まず、土地の感覚の話として、済州島の漁師・海女たちの「海の縄張り」感覚を知っておきたい。

済州島の海は村の延長上にある。村と村の境界線は沖合の海から漢拏山の頂上で放射状に交わっている。海の境界線は陸地の境界線と趣きを異にする。大陸棚があるからである。地脈に沿って陸地から海底へと境界線は続いていくので、一般的に直線ではない。村境となる海上の境界線は、その地脈に沿ってうねうねと続いているので、いつもこの点が争いのたねになる。

国書刊行会『写真集 済州島2 海女と漁師の四季』より引用

このように先の龍脈を示していた龍の頭の坂のような陸上地形のつづきが海中まで把握され、それが村里の範囲を規定しているのだ。そして、その海中の地脈の根本には当然のように竜宮がある。済州島の海女・漁師たちは揺るぎなく海神を竜宮の竜神として祀り、その去来送迎を祭祀とする。だから、龍の頭の下の海底には次のような伝説も語られる。

珊瑚 海女:
昔、大静邑に誰もがかかる天然痘などにも決してかからぬ海女がいた。その海女が以前安徳面の沙渓里の浦に行った所、海亀が海岸の水たまりに落ちていた。干潮になって抜け出せなくなったのだと哀れに思い、海女は助けて海に放してやった。亀は喜んで泳ぎ出し、振り返ると礼をするように頭を下げ、水中に去った。
しばらく後の日、海女が龍頭岩の下で潜っていると、キラキラと輝く貝で装飾された宮殿があった。不思議に思って海女が門に近づくと、一人の老婆が出て来て、息子を助けてもらった、と礼を述べた。海女は宮殿に招かれ手厚いもてなしを受け、帰りに一本の花を贈られた。老婆は、この花さえ持っていれば天然痘の禍も免れるだろう、といった。海女が海上に戻ってみると、その花は珊瑚であった。
海女はその花を大事にしまっていたので、天然痘にもかからず生き残ったのだという。

大日本絵画『済州島の民話』(著:玄容駿)より要約

済州島の海には東海龍王とか西海龍王とかがおるようで、人にかかわるのはその娘であることが多く、これが姥神として海女たちの守護神となっている。珊瑚をくれた竜宮の亀の母である老婆もそのような存在だろう。

ともかく、龍脈のその地形の下の海にはこのような竜宮があるのであり、それはもはや風水思想とは異なる古いコードに接続するものだ。しかし、それらは人々の信仰においてきちんと接続しているらしい。済州島の海側では、この海神である竜神を陸に招き上げる祭祀が非常に重要なものとして行なわれる。御幣をつけた笹竹を十二本ずつ二列に並べて立て、これを竜神の道として神を海から招く。この祭祀の様子は国書刊行会『写真集 済州島3 信仰と祭りの世界』でたくさんの写真を見ることができる。

おそらく風水の龍脈と、この竜神の道の感覚が一致しており、神威が海から陸上の村里にもたらされる、という結構なのだと思われる。この神威を祀る場そのものは「堂(タン)」といい、色々な形態があるのだが、概ね沖縄の御嶽の感覚に良く似ているといわれる。堂に関して詳しく書き出すとエラいことになるので端折るが、平凡社新書『原始の神社をもとめて』(岡谷公二)などに詳しい。ここでも、内地が山頂に山神堂を祀るのが多いのに対し、済州島では高所にあまり堂がないことが指摘されている。

堂(タン)
堂(タン)
リファレンス:神奈川大学 国際常民文化研究機構画像使用

写真は色々種類のある堂でも海の竜神祭祀の堂。内陸部の堂は杜によって構成されるが、海岸では木は植えられず、写真のようかまたは自然の巨岩などを祀る。

そして、ここで問題となるのが龍と蛇の関係だ。何となれば屋敷神の堂から氏族の神の堂まで色々あるが、一番多く祀られるのが蛇なのである。特に富(豊作)をもたらす福虫としての蛇神を七星(チルソン)といって重視する。七星とはいうが北斗七星とはまた違うらしい。

▶「済州の蛇信仰、内七星と外七星
(webサイト「済州ウィークリー」)

その神話(本解:ポンプリ、という)はうちではまた別にまとめるが、この蛇神どのは概ね次のようなイメージであるようだ。

体は真っ白で形や大きさは鯖か魬くらいであるが、特に二つの耳が両方にまるで兎のようにそばだっていて、祀り主の願いごとを良く聞きとってお金を持ってくるとか、品物を夜中に持ってくるとかいっている。

金仁顥『チャチュンビ伝説 済州島のシャーマン神話』(工作舎)より引用

済州の喪輿の蛇
済州の喪輿の蛇
リファレンス:済州ウィークリー画像使用

ということで、本来豊作の蛇神とはまた違う存在であるようなのだが、家筋の娘について継承される蛇神がおり、このような姿なのだとされている。大雑把に済州島はこのように海は龍、里は蛇、なのだ。

ところが、この関係が現状はっきりしない。里の蛇神たちは海神の竜神の眷属というのではないのだろうか。一応、竜神の娘が祖となる蛇神の話などもあるのだが、全体的にどうなのかというのがこれからの最重要課題である。

つまり、日本において広く見られる山の神が田に降りてきて豊作の神となり、また山に帰る、という神の移動のサイクルが、済州島には海と内陸のサイクルとしてあったかもしれないのだ。竜神を迎える祭祀の結果、村里の蛇神の堂の神威も一新されるのだ、という感覚であれば間違いないだろう。そうであれば、最初の風水思想から竜宮よりもたらされる富という所までがすっかり繋がっておさまりが良い。

と、このように、済州島の風水と龍脈の話といっても、「そういう話がある」ではなくて、ここまで繋がるかどうかを見切って俄然重要課題となるのだと思う。近いとはいえ外国であって追うのは難しいが、多分苦労する甲斐はあるだろう。場合によってはアジアの竜蛇信仰の秘鍵がある島なのかもしれない。そのくらいに考えている。

memo

龍の頭 2013.02.21

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