金武達と青龍

門部:世界の竜蛇:北朝鮮:2012.04.02

場所:北朝鮮:長淵郡龍淵面
収録されているシリーズ:
『世界神話伝説大系12』(名著普及会):「金武達と青龍」
タグ:俵藤太


伝説の場所
ロード:Googleマップ

はじめに白状しておくが、今回は「そういう話がある」ということ以外ほとんど何も分からない。いつごろの時代背景が想定されている話なのかも、この先分かる可能性があるのかどうかも分からない。しかし、これはいわば「朝鮮半島の俵藤太伝説」である。知らんで良いという話ではない。というよりも韓国方面に明るい方が何かご存じないかと一縷の望みを託しての掲載なのです。

黄海道長淵附近の龍淵面に、龍井という小さい池があった。広さは十坪くらいだが、水は実に奇麗で水晶のように澄み切っていた。昔、この池の近くの村に金武達という武人がいた。武達は近隣で知らぬもののない武芸の達人だった。
ある夜、武達の夢に白髪の神々しい老人が現われて、自分は龍井に住む青龍だが、この頃黄龍が住処を奪おうと狙って来て閉口している。あなたの武力によって黄龍を打ちひしいでくださらないか、と頼んで来た。武達は受け、その方法を尋ねた。老人は、明日黄龍と戦い、自分が黄龍の体を下から持ち上げるので、そこを弓で射殺してくれるように告げ、武達は夢から覚めた。
翌日武達が池の畔で弓の準備をしていると黒雲が立ち昇り、その雲の中から黄龍の尾だけが見えた。しかし、武達は龍なぞを見るのは初めてのことであり、あまりの恐ろしさにただ呆然と見つめてしまい、矢を射ることが出来なかった。するとその夜の夢にまた老人が現われ、なぜ射てくれなかったのかと武達を詰った。武達は素直に謝り、次こそは必ずと約束した。
翌日、同じように暗くなり、また黄龍の尾がちらと見えた。武達は今度はすかさずそれをめがけて一矢を放ち、確かな手ごたえを得た。たちまち鮮血が雨のように降りそそぎ、首尾を確信した武達は家に帰った。夜になるとまた老人が夢に現われ、見事黄龍を倒してくれた礼を述べた。
老人は礼をしたいから何なりと望みを言うようと武達に告げたが、武達はそれには及ばないと望まなかった。すると老人は、附近の一面の荒れ地を立派な水田にしましょうと言う。武達はあまり水に恵まれないこの土地で水田を作ってもらっても、と困ったが、老人は心配ないと笑って消えた。
翌日、朝から車軸を流す勢いの雨が降り、一帯は立派な水田になってしまった。龍井からは水が溢れ出て、水の心配もなくなった。「万石洞」と言われる辺りがそれである。今でも旱天の時は龍井で祈雨祭を行うと、たちどころに雨が降るという。

名著普及会『世界神話伝説大系12』より要約

『世界神話伝説大系』に収録されており、松谷みよ子が『青い竜と黄色い竜』(太平出版社:絶版)として絵本化し紹介している。が、それ以外の朝鮮半島の説話集などには今のところ見ない。

『青い竜と黄色い竜』
『青い竜と黄色い竜』
リファレンス:紀伊国屋書店BookWeb画像使用

この土地には「龍淵怨沼」という池があり、「龍沼伝説が伝わる」というのでおそらくそこのことだろうか(以下参照)。

「プロレタリア作家・姜敬愛の墓碑を訪ねて」
 (webサイト「朝鮮新報」)

さて、そもそも日本の俵藤太伝説のような怪の争いに人間が合力して射て倒す話は中国の古典に見え、『太平広記』の蜃の争いや、『続捜神記』から『法苑珠林』に引かれた白蛇と黄蛇の争いの話が南方熊楠の『十二支考・田原藤太竜宮入りの話』にも引かれている。中国の話はまたそちらで別途まとめるが、この龍淵面の伝説は『法苑珠林』の白蛇と黄蛇の争いに近いと言えば近い。『法苑珠林』が日本の古典伝説の成立に与えた影響の大なることを思えば、間の朝鮮半島に類話があることは非常に興味深いことなのではある。

しかし話の周辺状況が分からないという隔靴掻痒の感があるわけだ。韓国の方でまとめられていたりしないだろうか。ということで、何かご存知の方がおられましたら是非ご教示下さい、という次第なのであります。

memo

金武達と青龍 2012.04.02

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