蛇の卵

門部:世界の竜蛇:フランス:2012.05.24

場所:フランス:ブルターニュ
収録されている資料:
『プリニウスの博物誌 III』(雄山閣):「ヘビの卵について」
タグ:竜蛇の卵/蛇石


伝説の場所
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フランスの西、大西洋に突き出したブルターニュ地方は、フランスの中でも異色の土地であり、ブリテン的な所だ。そもそもブルトン人の土地故にブルターニュというのである。

ブルターニュ:ブレスト地方の海
ブルターニュ:ブレスト地方の海
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四〜五世紀にブリテン島がゲルマン人の侵入に遭い、ブルトン人が押し出されてブルターニュに移住したのが直接的なブルターニュ地域の確立とされるが、双方先史時代からのメンヒルを祭祀地として重視するなどずっと連絡のあった地域なのだと思われる。

そのような祭祀を執り行ってきたこの地域のドルイドたちが今回の話の主役なのだが、少しややこしい状況を紹介しておこう。一般にドルイドは「ケルトの祭司」と紹介されるのだが、この「ケルト」をどの範囲とするのか、という問題が発生している。Wikipediaでも「島のケルトは存在するか」として扱われているが、要するに大陸ケルトとブリテン・アイルランドの「所謂ケルト」とは別の扱いとするべきだ、という流れが主流になりつつある、ということである。実際、「ケルト神話」に憧れてイギリスに留学したら、イギリスの大学関係では既に「ケルト」の語を使わないようになっていた……といった笑うに笑えない話も見かける。事態は現在進行形で流動的であり、政治的な問題もあってどのような落としどころに落ち着くのか分からないのだが、「龍学」でも島嶼部の文化にケルトの語は基本的に使わない方針としている。

ブルターニュのメンヒル:カルナック列石
ブルターニュのメンヒル:カルナック列石
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さて、そのようなわけではあるのだが、ブルターニュのドルイドたちが大変興味深いアイテム「蛇の卵」なるものを珍重してきたというのが今回のお話。この件はまずプリニウスが『博物誌』に記録しているのが第一となる。あちこち見るとピンポイントでしか紹介していないきらいがあるので、少々長いが該当の項「ヘビの卵について」をすべて引用しておこう。

ヘビの卵について XXIX, § 52-54
ガリアで大変有名な一種の卵がある。ところがギリシア人はそれについて何も言っていない。ひじょうにたくさんのヘビがからみあって、前に述べた交尾をしているとき、彼らの顎から出る唾液と、からだから分泌する泡でそのような丸いものをつくる。それは「かぜたまご」と呼ばれている。ドルイドたちの言うところでは、そのものはヘビがしゅっと息を吹くとき高く吹き上げられるもので、それは地に触れるまでに軍用外套で受け止めなければならない。そして、それを捕えたものは馬に乗って逃げなければならない。というのは、ヘビが途中川で隔てられるまで、彼らを追いかけて来るからだと言っている。純粋な卵の目安は、それを金の台に嵌めておいても、水流に逆らって浮んでいることだ。マギ僧どもが、自分たちの欺瞞を包み隠す抜目のない悪知恵はひどいもので、彼らは自分たちの説として、その卵は月の一定の期間に捕えねばならないなどと言っている。まるでそういうことをしようというヘビと月との間の取決めが、人間の意志によって左右されるかのように。実際わたしはその卵を見たことがある。それは中位の大きさの丸いリンゴに似ていて、そして軟骨性の茶碗のくぼみのような穴、言ってみれば、タコの触手にあるようなものがいっぱいにある堅い表皮が珍しい。ドルイドたちはそれを法廷において勝利を与えるもの、権勢家に接近しやすくするものとしておおいに大事にする。こういうことにも彼らの欺瞞の罪は深いので、ウォコンティイ族の一ローマ騎士が裁判の間にそういう石を懐中にしていたということで、彼は故クラウディウス帝によって処刑された。ただそういう理由だけで。しかし、このヘビの抱擁と生殖の結合が、外国の国民が講話の条件を議するとき、使者の標杖にヘビの形を巻きつかせた理由であるらしい。そして使者の標杖につけるヘビはとさかをもたないのが習慣である。

雄山閣『プリニウスの博物誌 III』より引用

ドルイドのイメージ
ドルイドのイメージ
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下線部が特に注目される部分である。その蛇の卵の形状を具体的に「見た」として記述しているからだ。そして、これはどうもウニの殻のことなんではないかと今読んでも思うのだが、実際そうであったようだ。これに関してはヤン・ブレキリアン『ケルト神話の世界』に次のように書かれている。

まず最初に登場するのは「蛇の卵」の神話である。ブルターニュ地方の伝承がその記憶を伝えているドルイド僧の活動のひとつに、《海蛇の卵探し》というものがある。大海蛇というような神話的存在のこの探索には、一体どのような意味があったのだろうか。プリニウスが語っているところによれば、ドルイド僧は「外側は堅く、リンゴのように丸々として、蛸の足のような沢山のひだのある」蛇の卵を持っていたという。それは、かなり大きいウニの化石ではなかったかと思われるが、実際、重要な墳丘の下から、ウニの化石だけが入った石の箱がいくつも発掘されているのである。……中略……海蛇の卵探しは、錬金術師にとっての賢者の石の探索に相応する。それは俗人には、興味深い特性を持つと想像される物質の探求でしかないように見えるだろうが、実際は全く異なり、われわれの宇宙を構成する実態の構造に関する知識の探求だったのである。

ヤン・ブレキリアン『ケルト神話の世界』(中央公論社)より引用

蛇の卵を得る
蛇の卵を得る
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「大きいウニの化石」とあるけれど、多分普通のウニの殻のことだろう。概ねプリニウスの記述はこのようであると考えられており、挿絵が描かれたりする場合も上画像のようになる(リンク先にウニの殻を配した埋葬の様子の図がある)。ウニの殻だろう。今でもヨーロッパではわりと「神秘的」なものだと思われているようで、タイトルイメージの写真などは作り物としてインテリア用にあるものだ。こうして見ると確かに海蛇の卵・竜蛇の卵であるという感覚はよく分かる。ちなみに「海蛇」というのは実際海にいるウミヘビのことではなくて、北欧周辺で特に恐れられてきた海の怪物「シーサーペント」のこと。

シーサーペント
シーサーペント
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ここからブレキリアンは蛇の卵が海からもたらされる世界卵であり、これと海蛇(ファルスを表すとブレキリアンは言う)との交合により日々世界が再生するというのがドルイドの……云々、と続き、さらに続く章に「禁断の果実」の稿を持ってきていることから、蛇の卵→知恵(生命)の果実と考えていたようで面白いのだが、いかんせん力技過ぎる内容なので今回はさて置く。

ところでプリニウスも「水流に逆らって浮んでいることだ」と真贋を見極める要諦を記しているように、蛇の卵は中空の、まさに卵の殻のようなものであったのは間違いないと思われるのだが、下っては蛇の群れの唾液が固まったような、というところが強調されていき、また別の「蛇の卵」が生まれる。

ヘビと全く無関係な自然の事物でも、たまたま似たような面や想像上の結びつきをもつことがあり、このためヘビのような魔力をもつと考えられた。プリニウスは「アンギナム」または「ヘビのタマゴ」と呼ぶ物体が、強力な魔除けになると書いている。このような力は夏の高温のなかで寄り集まってとぐろを巻く、ヘビの大群の毒性の強い唾液からできているといわれていた。自然な状態のものでは、穴の開いた石やガラスのビーズに魔力があるとされていた。ヘビのような斑紋のあるヘビ石は、オファイト(輝緑岩)と呼ばれることがあるが、この名称はさまざまな物質に転用された。

R.&D.モリス『人間とヘビ』(平凡社ライブラリー)より引用

現在「アンギナム(卵の意)」は〝druid anguinum〟で検索してみると、写真のような石にハルシュタットやラ・テーヌの水流紋的なものを彫り込んだものが該当するものとして流通しているようだ。

The Druid's Egg Ceramic Pendant
The Druid's Egg Ceramic Pendant
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このような系統の蛇の卵は「蛇石」といって反芻動物の胃から見つかる凝結した物質・胃石(ベゾアール)がそれとして珍重され今でも解毒作用があると人気があるとデズモンド・モリスは言い、おそらくこの系統とも混じりあって出来上がったイメージだろう。しかし、蛇が群れてダマになっている中に宝玉があるというのは日本でもそう言い、「日本の竜蛇譚」で「西谷池の竜女」などを紹介した。また江戸でも次のように語られた。

文政9年頃、小石川三百坂に住む高橋千吉という14歳の子供が遊んでいるとき、15匹ほどの蛇が折り重なってわだかまっているのを見つけた。その中には古銭一文があり光っていた。千吉は腕をさしいれてそれを取った。周囲の者が殺せと言うが、仙吉は人に害をなしていないのにどうして殺すのか、と人々をいさめた。これは彼の祖母が蛇がたくさんわだかまっている時はその中に珠玉があり、それを得ると生涯金持ちだといっていたからである。(『日本随筆大成第二期』)

怪異・妖怪伝承DBより引用

ともかく「蛇石」にはこのようにして(中空的な)卵系のものと(凝結したような)玉系のものがあるということであり、このことは直ちに南方熊楠の『燕石考』『鷲石考』を思い起こさせる。あるいは中沢新一『森のバロック』「燕石の神話理論」を思い起こさせる。「竜蛇の卵」というモチーフは龍学でもまま話題に上り、重要なテーマであるのだが、あるいは本当に『燕石考』のような『蛇石考』が必要なのかもしれない。そしてそれらはどこかで交錯していくものであるのかもしれない。

今回はとりあえずヨーロッパにはこのような「蛇の卵」という神話的アイテムがあるのだということの紹介に終始したが、ユーラシアの反対でドルイドたちが日々ブルターニュの海浜に蛇の卵を探していたところを想像すると、なんともはるばるとした感じがする。そして、それを繋げる発想のジェネレータのようなものは少なくとも共有されているのだ。私も、今度海辺で「ドルイドたちの賢者の石」を探して持ち帰り、眺めながら続く話を書いていきたいと思う。

memo

蛇の卵 2012.05.24

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