永遠の蛇

門部:世界の竜蛇:ベナン:2012.04.27

場所:ベナン:フォン族
参考資料:
ジェフリー・パリンダー『アフリカ神話』(青土社)など
タグ:世界蛇/錐形の山


伝説の場所
ロード:Googleマップ

アフリカのニシキヘビ信仰のピークのひとつがダホメとナイジェリアにあるとデズモンド・モリスは『人間とヘビ』で紹介している。

ベナン:ニシキヘビを首に巻く男性
ベナン:ニシキヘビを首に巻く男性
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実際今でも写真のような光景があるのがこの土地だ(観光向けの面もあるが)。ダホメとは17世紀に創建され、19世紀にフランス領となるまで存続した王国で、概ね今のベナン共和国にあたる。まず、この王国のヘビ信仰の模様を少し見ておこう。

一九世紀にダホメに入った人たちは、住民たち以上に餌をもらって世話を受ける、たいへんな数のヘビがいることに気がついた。町の中心部には、もっぱらヘビのために使われる特性の家屋が準備されており、迷いでたヘビはつれもどされた。ヘビを見つけたダホメの住民は、ただちに地面にひれ伏したのだ。アフリカニシキヘビは深い敬意をこめて扱われ、「支配者、父親、母親、恩人」のような敬称で呼ばれていた。……(中略)……なかでも神聖なアフリカニシキヘビは、大地の肥沃さに結びついていた。王でさえ収穫のために影響力を呼びさまそうとして、アフリカニシキヘビに贈り物をしたという。……(中略)……王はアフリカニシキヘビに政治的問題について意見を求めた。

R.&D.モリス『人間とヘビ』(平凡社ライブラリー)より引用

さらに、この蛇たちには国内の少女たちが大勢「妻」として提供されたともいう。そして、このようなダホメ王国を形成していた部族のひとつにフォン族がいるのだが、彼らの内にはこれら蛇信仰の大枠として、まったくもってべらぼうに壮大な世界蛇の存在が伝えられてきた。

往昔のフォン族
往昔のフォン族
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フォン族によれば、世界が創られたとき、蛇はとぐろで土を集め、人間に住む場所を与えた。それはなお世界を支え、創造されたものすべてが分解しないように、とぐろを緩めてはならない。大地の上には三千五百のとぐろがあり、下には三千五百のとぐろがあるとのことである。この説話の別の説明では、蛇は天を支えるために東西南北に四本の柱を立て、それをまっすぐに保つために柱の周りに体を巻いたという。黒、白、赤の三原色は、蛇が夜、昼、夕方に着る着物であり、これらの色が天の柱を取り巻いている。

ジェフリー・パリンダー『アフリカ神話』(青土社)より引用

現在フォン族の築いた街として世界遺産でもあるアボメイが知られるが、まったく神話の如く「土を集めて」できた世界だ。

ベナンの〝Betammaribe house〟
ベナンの〝Betammaribe house〟
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さて、そもそも世界とは(世界の枠とは)蛇なのだ、というコスモロジーがある。もっとも膾炙しているイメージとしてはインドの大蛇の上に大亀がおって、その上に四頭の像がおって、それらに支えられて世界がある、という像があるだろう。

古代インドの宇宙観
古代インドの宇宙観
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この蛇はアナンタ(シェーシャ)なのだろうか。今ひとつ原典が何なのか分からない像なのだが、まず定番ではある。また、北欧のミッドガルズの蛇「ヨルムンガンド」も良く知られている。陸を取り囲む海洋の果てをぐるりと一周しているのがこの世界蛇なのだ。「ミッドガルズ」がそもそも人の世界のことなので(中つ国というところ)、二つ名が世界蛇である。いかにもはるばると広い世界の蛇ということで、日本では今ひとつピンと来ない感覚と思うかもしれないが、実は日本にもこのような世界蛇のイメージがあった。

伊能忠敬が実測により精密な地図を作る前は、楕円を鱗のように繋いで描く行基図(行基が発明したと仮託された)が地図だった。そして、中世から近世初頭の行基図の中にはその周辺を竜蛇がぐるりと取り囲んでいるものがある。添付の図は寛永頃の「大日本国地震之図」という。

大日本国地震之図
大日本国地震之図
リファレンス:岩波新書編集部画像使用

さらに、十四世紀のものとされる金沢文庫の「日本図」などにも周辺を蛇らしい胴が取り囲んでいるものがある。世界の外周はとんでもない大蛇が取り囲んでいるのだというイメージは本邦にもあったのだ(「大日本国地震之図」「金沢文庫本〈日本図〉」/このあたり詳しくは黒田日出男『龍の棲む日本』(岩波新書)に紹介されている)。

そこでフォン族の神話の大蛇なのだが、これも世界(陸地)を取り囲んでいるのではあるが、それが「トグロの一段」に過ぎず、そのように囲まれた世界が上方に三千五百段のトグロとしてあり、さらに下方に三千五百段のトグロとしてあるというのである。これはもはやインドなら須弥山が、北欧ならユグドラシルが大蛇のトグロなのだとなったような途方もないイメージである。世界蛇の中の世界蛇はここ西アフリカはフォン族の神話に語られていると言って良い。以後お見知りおき戴きたい。

フォン族の世界蛇がこのような垂直方向への展開を見せたのは、彼らの信仰する神々の体系が大変な万神殿(パンテオン)を形成している、ということに対応する。このあたりを検討した阿部年晴は次のように述べる。

彼らはギニア湾岸のダホメに特異な体制をもった植民国家を樹立した。ダホメ王国の権力は高度に中央集権化しており、少なくとも理論的には、すべての官吏の任命権が王の手中にあった。……(中略)……この王国では職能分化が高度にすすみ、厳格な階層制が社会全体を貫いていた。官吏や祭司が上位を占め、その下に農耕を行う平民の階層があり、さらに農奴や奴隷が続いた。……(中略)……整然と組織され、高度に階級分化のすすんだこの社会に万神殿が対応している。この万神殿には、複雑な系譜の中に位置を占め、各自の一定の役割をもった多数の神々が集まっている。

阿部年晴『アフリカの創世神話』(紀伊国屋書店)より引用

後にも述べるが、ダホメ王国を築いたのはフォン族ではない。フォン族は被征服者側になる。しかし信仰のベースはフォン族のものを引いていると考えられ、もともとあった階層制が王国となるにあたって拡張されていった、ということになるのだろう。いずれにしても、インドのカーストを思わせるような階層制と、これに対応する神々のパンテオンが王国の整備とともに「自発したのであろう」という点が今回は重要だ。

アフリカの信仰はこれも蛇を重視するドゴン族の複雑精緻な神話体系が紹介されるに及んで「素朴なアフリカ大陸の信仰」という様相から一変したわけだが、もとより古典的な発想ではこれらはメソポタミア・エジプト・キリスト教からの影響なのではないかと考えられた。しかし、阿部はまた次のように言う。

(ドゴン族の神話には言葉による世界の創造・方舟伝説などがあるが)神の言葉による世界の創造といった観念に出会えば誰しも旧約聖書の創世記を想い起さずにはいないだろう。かつてのヨーロッパの学者の中には、性急にキリスト教の影響を考えるひとびとがいたが、それについては何の根拠もない。その見解同様に証明されてはいないが、きわめて古い共通の伝統が一方では旧約の信仰へと展開し、他方ではドゴンの神話体系にみられるような変貌を遂げたと考えることもできよう。

阿部年晴『アフリカの創世神話』(紀伊国屋書店)より引用

それはフォン族とダホメ王国の信仰体系も同じことだろう。このような次第で、「蛇の花嫁」でも少しふれたように、むしろ先行して色々な神話的モチーフがアフリカに語られており、それがエジプトなどに影響したのではないか、とも考えられるのだ。ここで、もう一つのフォン族の蛇の話を紹介したい。

二重の虹は、アボメイのフォン族の神話にも出てくる。それは蛇の象徴で、赤い部分は男の部分であり、青い部分は女の部分である。大地を支える蛇は、しばしば芸術や説話のなかで二匹の蛇の姿で見出され、一匹は下界の大地を巻き、もう一匹は空に現れると信じられている。「虹のふもと」で発見される財宝の空想は、広く流布している。財宝は、装飾用に普及しているきらきら光るアグリー・ビーズ(訳注:カタツムリの殻で作ったビーズ玉)であろう。あるいは、山から掘り出され、蛇の財貨と呼ばれる金であろう。

ジェフリー・パリンダー『アフリカ神話』(青土社)より引用

フォン族の世界蛇はまた、造物主を口にくわえてあちこちに運んで世界を創ったのだともされ、毎晩彼らの止まったところには蛇の大きな糞が山として残り、これを掘ると宝が見つかるのだとしている(同『アフリカ神話』)。そのような形で虹の財宝の話とはリンクしているのだろう。

すでに「火の起源 I 」で、太陽と蛇の関係は太陽の軌跡をチューブとして捉え、それを蛇とし、この蛇が世界をぐるりと回っているイメージなのだろうと考えられ、虹が近いものだろうと述べた。フォン族の虹の蛇、ことに赤青の蛇が空と下界にそれぞれいるのだというのはまさにこのようなイメージではないだろうか。世界蛇の話では「黒、白、赤の三原色は、蛇が夜、昼、夕方に着る着物」だった事も思い出されたい。

彼らのコスモロジーでは蛇のトグロ世界(陸地)のまわりに海があり、さらにそれを球体が取り囲むのだとしている。それはちょうどまんまるの瓢箪(カラバッシュという)の内のようなものなのだという。これは卵でもあろう。虹の蛇とはこの瓢箪の内面をめぐる蛇だと考えて相違あるまい。

カラバッシュを運ぶ女性
カラバッシュを運ぶ女性
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ところでこの写真だが、頭上のカラバッシュを安定させるために頭と瓢箪の間に挟む「輪っか(円座)」にまたこの世界蛇は例えられもする。ギリシアのアトラースの話を思い出されたい。

ともかく、フォン族の世界は陸地が世界蛇に囲まれてあるのと同時にその果ても蛇がぐるぐる回っているのだ。これは直ちにエジプトの太陽神ラーを冥界で毎夜つけ狙う大蛇アペプがもとは太陽神だった、という話を思い出させる。このようなところからも、アフリカ大陸が色々な神話の揺籃の地であった可能性というのが伺われる。エジプトの背後に控えるアフリカの蛇信仰の底知れなさというものが、今回のフォン族の伝えた神話からはよく感じられると思う。

以上で今回紹介したい内容はひとまずおしまいなのだが、今少しフォン族の信仰の後日談なども紹介しておこう。先に紹介した彼らの万神殿の神々を「ヴォドゥ(Vundun)」という。ところでダホメ王国の事ではあるのだが、先述のように王国を築いたのは外来の民族で、フォン族は征服された側だった。このようなことで、奴隷貿易の時代にはフォン族の人々が王国により売り飛ばされることになってしまった。つまりフォン族が一部奴隷としてハイチに流されたのだ。そうしてハイチを中心に後に成立した信仰がかの名高き秘教「ヴードゥー(Voodoo)」なのである。ダホメの神々、ヴォドゥがその由来なのだ。

ヴードゥーというとゾンビとかのイメージしかないかもしれないが、実はこれは蛇を強烈に信仰する密儀だった。このハイチの蛇信仰は十九世紀代に消滅したというが(前出『人間とヘビ』)、確かにその内容は今回冒頭に述べたダホメの蛇信仰を先鋭化したもののように見える。なにやら興味本位で猟奇趣味的なものと捉えられがちなヴードゥーだが、虐げられ追いつめられた人々が拠り所として密儀の部分を先鋭化させた例であり、襟をただして向き合うべき事例なのである。そして、そのように見るならば、その源流であったフォン族の蛇信仰もよく知っておく必要があるだろう。ヴードゥー(とは、これを最初に紹介したモロー・ド・サン=メリによれば蛇のことに他ならないそうだ)は史上もっとも壮大な存在として語られたフォン族の偉大な世界蛇の末裔だったのだ。せめて、龍学者はそのことをよく覚えている者でなければならない。

memo

永遠の蛇 2012.04.27

世界の竜蛇

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