宇那岐日女と金鱗湖

門部:日本の竜蛇:九州・沖縄:2012.01.19

場所:大分県由布市
収録されているシリーズ:
『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店):「宇那岐日女と金鱗湖」
タグ:竜蛇と鰻/湖を破る神


伝説の場所
ロード:Googleマップ

竜蛇に隣接して水神としての鰻の伝説がまま見えるが、多くは虚空蔵菩薩のお使いとして、また三島の神のお使いとして、という位置づけである。これが鰻が単独で神格となる例は東北のウンナン信仰などに見えるが、ずばり「うなぎ姫」が九州におられる。実際「鰻の(鰻を使いとする?)姫神」なのだと里人などは考えてきたようだ。

もっとも公には後に見るように音が通じることからの付会とされるが、しつこく考えるとなかなか含蓄がある話なのだ。何となれば伝える伝説は「湖を蹴破る」話なのである。鰻にまつわり「うなぐ・うながける」という古語の問題も語られる例なので、基礎知識を得るためにもちょうど良い話である。

朝霧の由布院盆地
朝霧の由布院盆地
レンタル:Panoramio画像使用

宇那岐日女と金鱗湖:
由布岳の麓を越えると、眼下に由布院盆地が広がる。盆地特有の朝霧が名物で、展望所の狭霧台に立って霧の盆地を見おろすと、湖ではないかとの錯覚にさえおそわれる。伝説では、昔、この盆地は湖だった。干拓したのは由布岳の女神宇那岐日女である。
太古、女神は山上から見おろして干拓を思いつき、配下の巨人を呼んで「この湖を干せば底から肥沃な土地が現われよう。人が住みつき、美田が生まれ、多くの者が幸せで豊かな生活をおくれるだろう。巨人よ。お前のあらん限りの力で、この湖の壁の一角を破ってみよ」と命じた。
強力無双の巨人は、湖をひとまわりして調べた。どうやら南西の隅が弱いようだ。「ここだ」満身の力を込めて山を蹴る。一蹴り、二蹴り。湖壁はみごとに破れ、水が動き出す。水はどうどうと流れ、大分川を形づくって海に注ぎ、湖底にすばらしい平野を生じた。
宇那岐日女神社は盆地の中に巨杉につつまれて鎮座、巨人は蹴裂権現の名で、彼が破った前徳野の山上に祠がある。

角川書店『日本の伝説49 大分の伝説』より引用

金鱗湖
金鱗湖
レンタル:Panoramio画像使用

先にこれと関係して、大湖を失って困った竜の話が付随するのでそれをあげておこう。狭霧台から盆地底に下りついたところに、温泉の流れ込む金鱗湖があり、大湖の名残りだという。

湖には一頭の竜がいたが、干上がって神通力を失い、のたうったあげく女神に嘆願した。許されて与えられた安住の地がこの池(金鱗湖)。のたうった跡が盆地を曲流する白滝川である。近年、圃場整備で川の曲流は見られなくなった。

角川書店『日本の伝説49 大分の伝説』より引用

なんとも日本の神代というのはほのぼのとしたものだ。さて、同書にも「宇那岐日女の名は、古語の「うなぐ」から出て、勾玉を首にかけた女神(の意である)」とあるが、これは宇那岐日女神社(式内)の解説でも皆同様に記述されている(今祭神に宇那岐日女命は見ないが)。

「式内:宇那岐日女神社」(webサイト「玄松子の記憶」)

式内:宇那岐日女神社
式内:宇那岐日女神社
レンタル:wikipedia画像使用

「うなぐ」そのものは「首にかける」の意で、その位置が首の後ろの「うなじ(項)」である。石上堅は『日本民俗語大辞典』で、「斬ればその物に、致命的なものを、与えることができる個所が、ウナなのである。」と述べている(即ち人であれば斬首される位置がうなじ)。

そして、深い礼(神前の礼)は相手にこのうなじを見せることが肝要だったのであり、また、ここへ相手が手を回すことを許した姿が「うながける」姿であり、道祖神の抱き合う形であると述べている。宇那岐日女のかける勾玉はこのうなじに霊力を授けるイメージなのだろう。

また、このような深い礼をもっぱらに行う巫女のことであったともいえる。さらに石上は「うなぎ(鰻)の命名理由も、このウナが張り出て(鰓の)大きい魚の義か。」と言っているのでそうであれば付会というよりそもそも同根の言葉がならんだということになるのだが、ここは注意が必要だ。

一方で鰻の語源には「ム(身)−ナギ(長い)」ではないかという説もあがる(『蛇の宇宙誌』)。単純に考えればこちらの方が説得的だ。また、鰻の神格化は田の用水の溝(うなて)と関係するのではないかと見る向きもある(「宇那堤の森」参照)。

ここで宇那岐日女の伝説に戻ってみると、これは湖を破って干拓する話であり、「田の用水の溝(うなて)」の問題とは密接に繋がりそうなところがある。由布院盆地にあっても古くから鰻が信仰対象であった可能性はあるだろう。

このようなあれこれが鰻をめぐってはあり、いずれが先か後かというのは中々難しいのだ。由布岳の宇那岐日女を「龍学」が扱うのが妥当なのか否かも、他の様々な「ウナ」の神と湖を破る神々をたずねた後に明らかになるのだろう。

memo

宇那岐日女と金鱗湖 2012.01.19

九州・沖縄地方: