大蛇クチフラチャー

門部:日本の竜蛇:九州・沖縄:2013.02.16

場所:沖縄県国頭郡金武町
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系15』(みずうみ書房):「大蛇クチフラチャー退治」
タグ:討伐される竜蛇


伝説の場所
ロード:Googleマップ

沖縄に大声で吠える大蛇がいた。金武(きん)町の方から恩納村の安富祖と名嘉真にむかって……というのだから、沖縄本島を横断する大変なスケールの話である。

野嵩周辺
金武から恩納
フリー:画像使用W840

図でそれぞれの土地の位置を見ておこう。大蛇がおったという「双樹」という場所は分からなかったが、金武から喜瀬武原への分岐あたりか。地名の読みはそれぞれ「安富祖(あふそ)」「名嘉真(なかま)」「喜瀬武原(きせんばる)」。

大蛇クチフラチャー退治:
(金武から)喜瀬武原へ行く途中に、双樹と呼ばれている所があり、近くの三叉路に双樹のクチフラチャーと呼ばれる大蛇がいた。クチフラチャーはその口を恩納村の安富祖と名嘉真の方へ向けていて、尻尾は金武の岬までもあった。そして、大きな口を開け「安富祖喰うぞ」「名嘉真喰うぞ」とそれぞれの村に向けて吠えていた。そのせいか、安富祖と名嘉真では毎年作物がまったく不作だった。しかし、クチフラチャーの尻尾が向いている金武の村は毎年豊作で皆喜んでいた。
安富祖と名嘉真の人たちはクチフラチャーのせいで不作なのだと考え、大蛇を殺そうとしたが、恐ろしくてできなかった。そこでこの話を聞いた金武の青年が、一人でクチフラチャーを射止めに行き、見事に喉を射て倒してしまった。クチフラチャーは死んだが口は大きく開いていて、牙のようなものが四つあったが、今では欠けてしまった。背中には木が生えて、曲りくねりながら尾は金武の岬まで繋がっている。

みずうみ書房『日本伝説大系15』より要約

最後の部分は重要なので、もとの文をそのまま引いておこう。

クチフラチャーは死んで、今でも口は大きく開いて、それの歯は牙みたいに四つあったが、これも今では欠けてしまって背中には木が生えて、あっちに曲がりこっちに曲がりしながら、尾は金武の岬までつながっているそうだ。

みずうみ書房『日本伝説大系15』より引用

この話は三弥井書店『世界の龍の話』にも紹介されていて、そちらではクチフラチャーのクチはそのまま「口」であり口フラチャーと書かれている。話の通り大口のことだろう。フラチャーが何かは分からない。すでに沖縄本島宜野湾市野嵩の「野嵩の山は竜」の話を紹介したが、そちらも竜の分断により土地の良し悪しが決まるという話だった。

▶「野嵩の山は竜」(沖縄県宜野湾市野嵩)

『世界の龍の話』でも指摘されているが、どうも沖縄では風水の龍脈を竜蛇譚がダイレクトに示しているようだ。

喜瀬武原から見た風景
喜瀬武原から見た風景
リファレンス:沖縄美ら島不動産画像使用

一応「そうでない」側面を補足しておくと、金武町には熊野から流れついた日秀上人という僧が建立したという金武観音寺があるが、日秀上人は金武の娘をかどわかす大蛇を洞窟に封じたという伝説もある。

金武観音寺
金武観音寺
レンタル:wikipedia画像使用

また、沖縄では実は八岐大蛇退治と同型の話が(土地の話として)好んで語られるのだが、『日本伝説大系』の方でも類話としてこれを二話引いている。単純に「困った大蛇を退治する」という面ではそうだろう。

しかし、やはりどう見てもこの話は龍脈を動かすというモチーフの話であると思われ、その方面の類話をおさえておきたい。これも『日本伝説大系』に二話収録されている。

島尻郡佐敷町新里──上之川原に鯖の口に良く似た石がある。その石は、勝連に向って口を開けていた。ある時、勝連のある部落が段々衰えていった。そのため、そこの村人達がやって来て、下顎を叩き落とした。以来その部落は栄えるようになった。(『佐敷町史』)

みずうみ書房『日本伝説大系15』より引用

もう一話は飛んできた獅子の口が……というものだが顛末は同じである。ともかく、蛇でも鯖でも獅子でも、その口の向いている方の土地が衰退してしまう、ということだ。これは本土の「向いた方に障る神仏」の話に近くあるが、「土地そのものを衰えさせる」という点においてややニュアンスが異なる。また、「野嵩の山は竜」にも見る分断される竜蛇の話は本土にもたくさんあるのだが、分断されて落ちてきた死骸を葬るという方向に話が行き、その死骸が地形として語りつがれるという側面は弱い。ここも似ていながら異なっていると言えるだろう。それぞれは以下を参照。

▶「荒戸神社」(向いた方に障る神仏)
▶「真清田の竜神」(分断される竜蛇)

さて、このような龍脈を意味するような竜蛇譚(竜蛇とは限らないのだが)はやはり中国から朝鮮半島を経由して見られ、特に済州島にはほぼ同様の民話が語られ、観光地としても有名な「龍頭岩」もある(半島の方ではこれが亀の話になるそうな)。

▶「龍頭岩」(webサイト「SEOULnavi」)

沖縄の伝説はそのような流れにあるだろう。そして、基本的には本土の「向いた方に障る神仏」などもその影響を受けた話であったはずだ。例えば『宇治拾遺』に見る「静観僧正大嶽の岩祈り失ふ事」の一話などはまったくこの系統の話であったと言えるだろう。しかし、なぜかそれ以降本土ではあまり龍脈を示すようなケースは民話レベルでは語り継がれることがなかったのだ。一般民衆も今思うより方位などよくよく気にしていたはずなのだが、あの山が大蛇でその向く方にどうこう、という話はまず見ない。

なぜ本土にはクチフラチャーがいないのだろう。にわかにその答えは出ないだろうが、沖縄のクチフラチャーや野嵩の竜がその境界にいることは間違いあるまい。

memo

大蛇クチフラチャー 2013.02.16

九州・沖縄地方: