鳴野原

門部:日本の竜蛇:九州・沖縄:2012.01.11

場所:鹿児島県南九州市川辺
収録されているシリーズ:
『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店):「鳴野原」
タグ:竜蛇と鹿の角


伝説の場所
ロード:Googleマップ

中国の龍の九似説によるとその角は鹿に似ると言う(ちなみに頭は駱駝だそうな)。日本の蛇もヌシとなり怪異と認められるほどの大蛇ともなると角が生える。で、この角がどんななのかというとやはり鹿に似るらしい。

水を渡る鹿というモチーフも海人族が鹿に間違われたりした記録があって興味深いが、それが竜蛇の話と関係するのかというと難しい。だがしかし、「大蛇と鹿」をその角をもって見間違える話というのは……実際あるのである。

鳴野原:
(万瀬川沿いに清水磨崖仏があり)この先を鳴野原という。昔、清水には夫婦池というのがあった。上のほうの池の水がいっぱいになると、下の池は涸れており、下の池の水がいっぱいになると上の池は涸れているというものであったという。
この池に大蛇が住むといわれ、村人が恐れているので、二人の兄弟武者が退治に出かけた。池に着いてみると、大きな角が見える。それを弓で射たところ、大鹿であった。二人は角を一本ずつかついで兄が先となって帰途についた。
途中、兄の烏帽子が傾いているのを見て、弟は槍でもって直してやった。すると兄は「後ろからついてきたのは俺を殺すつもりだったのだろう」と言って怒った。弟は泣いて弁解したが聞き入れてもらえず、とうとう別れることになった。それでここを鳴野原という。
また、お互いに刺し違えて死んだともいい、神殿(こどん)の若宮神社に鹿の左角を納め、野崎に右角を納めて二人の霊を祭ったという。鹿の角はご神体として今も残っている。

角川書店『日本の伝説11 鹿児島の伝説』より引用

単純に見ると大鹿がいた、というだけなのだが、上の池と下の池の水の移動の話が語られており、これは一種の夫婦型の竜蛇のわたりの話があったものと見える。つまり大鹿の角を大蛇と見誤るのも無理もない下地がある土地だった、ということだ。

神殿(こどん・地名)と野崎双方にこの角を納めたという「若宮神社」があり、そもそも「川辺氏の兄弟を祀」る社であったという。『日本の伝説11』には今も角はあると書いてあるが、今はどちらもお屋敷神の様な存在となっているらしく現状は不明だ(青屋昌興『川辺町風土記』)。

さて、中国的な龍のイメージというのは蛇体ではあっても、よくよく顔などを見るとまるで「蛇」とは違う。しかし、日本の竜蛇譚ではでっかい蛇に角だけ生えた様なイメージがまま語られるのだ。それが何の角に似ているのかといったらどうも同じく鹿の角をイメージしていたようだ、という話である。

ところでこの話。どこか非常に古い神話的な趣がある。兄弟喧嘩というのは大概の神話に出てくるモチーフだけれど、そういった印象があるのだ。場所は海幸彦山幸彦の神話を伝えた南九州でもある。そういった意味でもちょっと覚えておきたい一話かもしれない。

memo

鳴野原 2012.01.11

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