三井寺の鐘

門部:日本の竜蛇:近畿:2012.01.04

場所:滋賀県大津市園城寺
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系8』(みずうみ書房):「三井寺の鐘」
タグ:竜蛇と鐘/蛇女房


伝説の場所
ロード:Googleマップ

近江八景の一つに「三井の晩鐘」があるが、まつわる話は蛇女房譚の典型話でもある。ただし、良く知られる子に目玉をやり目の見えなくなった蛇女房のために鳴らす三井寺の鐘、というストーリーのほかに、もう一系統の話がある。

蛇女房譚そのものは全国に広くあり、他地域での紹介も多いので、目玉をくれる、蛇が母である、といったその主筋そのものに関する考察は他に回そう。今回ここでは「竜蛇と鐘」に注目したいのだ。まずは典型話の方を見てみよう。

三井の晩鐘
三井の晩鐘
レンタル:Wikipedea画像使用

三井の鐘:
近江八幡市──昔、近江の滋賀の里にすむ一人の若者が魚を売って暮らしていた。いつ頃からか美しい娘が漁に出る若者を見送るようになり、やがて二人は夫婦になる。
ところが、子供まで生まれたある日、女は自分が琵琶湖の竜神の化身であり、もう湖にもどらねばならないことを告げ、男が止めるのにもかかわらず湖へ沈んでしまった。
男は昼間はもらい乳をして子を育て、夜は浜へ出て呼び、現われた妻が乳を飲ませて去ってゆくという毎日であったが、ある時、妻は自分の右の目玉をくり抜いて乳の代わりにと渡す。子供は目玉をなめると泣きやんだが、しばらくしてなめつくしたので、浜に出て今度は左の目玉をもらってやる。
その時妻は、両目が無くなって方角もわからないから、毎晩三井寺の釣鐘をついてくれ、それで二人の無事も確かめられるので──と頼む。それから毎晩、三井寺では晩鐘をつくようになったという。(『近江むかし話』)

みずうみ書房『日本伝説大系8』より引用

『まんが日本昔ばなし』では「へび女房」というタイトルで東北地方のものと思われる同系の話が放映されていた。先の筋では女自らが正体を告げているが、「へび女房」のように出産時の「見るなの禁」の次第で正体が知られ去る、という筋も多い。

鐘楼
鐘楼
レンタル:Wikipedea画像使用

さて、この話では「鐘」はただ単に方向・時間を報せるために出てくるだけで特に竜蛇と結びつく要素ではないのだが、琵琶湖周辺に語られるもう一系統の「三井の晩鐘」の話を見てみよう。

三井の鐘:
蒲生郡竜王町──亀さんという人が嫁を死なせて、子守りをしていると、子供が小さい蛇をなぶり殺ししようとしているので蛇を買って川へ逃がしてやった。しばらくして、美しい女が亀さんの家へ来て、自分の乳が張るから子供にあげようと言って、子供の乳のいる間世話をしてくれる。
亀さんが嫁になってくれと頼んでも「女房にはなれない」と言い、子供の乳がいらなくなると暇をもらうと言って帰ってしまう。亀さんが後を付けてゆくと、海に向って飛びこんだのである。普通の人ではないと思う。
女は「正体を見つけられた」と言って、もう二度とは来ないが、自分は三井寺の鐘になっているので鐘をついて思い出してくれと言い残す。それで、三井寺の鐘の正体は琵琶湖の竜神だといわれている。(『竜王町のむかし話』)

みずうみ書房『日本伝説大系8』より引用

『大系』はこちらの系統の話が表題話となっている。これは「蛇女房」というより「蛇報恩」といった話である。そして興味深いのは「三井寺の鐘の正体は琵琶湖の竜神」と言っていることだ。実は、三井寺の鐘はもとより竜宮と縁が深い。

これは詳しくは俵藤太の話となるのでそちらに回すが、三井寺には藤太が竜宮から得たという鐘もあるのだ。このことからここで指摘したいのは蛇女房譚の最後に鐘が出てくるのは、竜蛇と鐘が密接に結びついたものだからではないか、という点だ。

各地の沈鐘伝説には鐘を水神とする側面があり、それはそれで別途追うが、三井寺の鐘の伝説には竜蛇そのものをそこへ接続させて行くハンドルがある。「三井寺の鐘」とは、典型話だけでなく、蛇女房・蛇報恩・俵藤太の三つの話の束なのだと覚えておかねばならない。

memo

三井寺の鐘 2012.01.04

近畿地方:

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