国主渕

門部:日本の竜蛇:近畿:2012.01.17

場所:和歌山県紀の川市貴志川町
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系9』(みずうみ書房):「国主渕」
『日本の伝説39 紀州の伝説』(角川書店):「国主渕」
タグ:水を塞ぐ竜蛇/面を残す竜蛇


伝説の場所
ロード:Googleマップ

紀州から不思議な話をひとつ。追い払われる竜蛇が「面」を水面に浮かせてその意志を示し去る。そんな話があるのだ。

国主渕:要約
貴志川流域を旱魃が襲い、雨乞いも火降りの効験もなく、国主渕の水が残るだけとなった。里人は相談の上、この渕から水を引こうとしたが、淵の鞍懸岩の下の竜宮の入口と呼ばれる洞窟を何かが塞いでおり、それが水を止めてしまっていることが分かった。
里人は武勇の誉れ高い橋口家の橋口隼人にこの塞の除去を頼んだ。隼人は家の桜井刑部にその役を命じ、帝からいただいた銘刀・国次をあたえた。刑部が鞍懸岩の下へ潜ってみると、確かに大きな洞窟の前を大木が塞いでいる。しかし、その大木は抱えて引いてみてもびくともしなかった。
そこで刀を突き立ててみると手ごたえがあり、大木はズルズルと動き出した。見る間に洞窟からは泥水が吹き出し、大木のようなものも泥水に消えたが、それは竜蛇が雲と水を得て昇天するようであった。そしてその直後、一天はにわかにかき曇って豪雨と雷の荒れ狂う大嵐となった。
刑部はようやく鞍懸岩へと泳ぎ戻ったが、国次が無くなっていた。おどろいてふり返ると、水面にたくさんの面がうかび、恨むように、呪うように見つめていた。刑部は「おのれッ」と再度渕に飛び込み、鬼の面、三番叟の面、翁の三面をとったが、あとの面は没した。
その後も刑部は刀を求めて毎日渕へ行ったが見つからず、七日後に急死した。三面のうちひとつは高野山へ納め、ひとつは橋口家が保管し、もうひとつは領主に献上された。

みずうみ書房『日本伝説大系9』より要約

大国主神社
大国主神社
リファレンス:和歌山観光情報画像使用

「国主(くにし)渕」とは淵のすぐ前に鎮座される大国主神社の淵の意味だろう。引いた話では大木とあるだけだが、類話では「大きな木が動いて蛇となり」とあり、以下見るようにそもそも大蛇の棲む淵だったようで、大蛇なのだとして良いだろう。

「大国主神社」(webサイト「神社探訪・狛犬見聞録」)
「神社探訪・狛犬見聞録」サイトトップ

大飯盛物祭
大飯盛物祭
リファレンス:js3mne.jp画像使用

その大国主神社では「大飯盛物祭」という祭が行われてきた。写真の「なんだか凄いモノ」が大きな握り飯に見立てた盛物なのだそうで、これを国主渕のヌシの大蛇への供物としたそうな。もとは生け贄として娘を差し出していたのをこの盛物の奉納に代えたという由来で、なんと鎌倉時代より伝わるという。

さて、伝説そのものも全体的には「水を塞ぐ竜蛇」という深く考えると中々大物の話なのだが、そこはより適した話に回すとして、今回注目したいのは「面」である。もっとも文字通り「注目」であり、これが何を意味するのか、どのくらい多く分布する話型なのか私には現状分からない。

しかしここのみに見た例なのかというとそうでもなく、九州宗像鐘崎の沈鐘伝説でも、鐘を引き揚げようとした際天海鳴動し「翁の面が浮き上が」り、宗像宮に奉納されたとある。鐘崎の鐘は明らかに竜蛇(の所有物)を示している。竜蛇の意志を反映した面が出現する、という型があるのではないか。

思えば面というのも、それぞれの土地の神社に奉納されるローカルな神事で用いられることが多いものなのだ。その面の由来として土地の伝説を結びつけている例はたくさんあってしかるべきかもしれない。まったく盲点であったのでこの点これ以上語ることはないが、この先気をつけて見ていきたい一面である。

memo

国主渕 2012.01.17

近畿地方: