見沼弁天

門部:日本の竜蛇:関東:2012.02.24

場所:埼玉県さいたま市緑区
収録されているシリーズ:
『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店):「見沼弁天」
タグ:見沼の竜蛇/水の女/竜宮女房/竜蛇の残す鱗


伝説の場所
ロード:Googleマップ

むかし、今の埼玉県さいたま市・川口市辺りには見沼(みぬま)という大沼があった。武蔵一宮氷川神社・中氷川神社(現中山神社)・氷川女体神社はこの見沼を望んで祀られた社だという人もある。

このかつての見沼から水の流れ出る今の下山口新田に、小さな弁天さんの祠(厳島神社)があり、まだ見沼が干拓される前にあったという伝説を伝えている。『まんが日本昔ばなし』にも「見沼弁天」として収録されていたので、ご存知の方も多いだろう。

『まんが日本昔ばなし』「見沼弁天」
『まんが日本昔ばなし』「見沼弁天」

下山口の馬方の平吉が千住の市場へ青物を運んで行っての帰り、日も暮れているというのに一人の旅姿の若い女が歩いているのを見かける。その疲れきった足どりを見て、平吉は木曽呂橋へ行きたいと言う女を馬に乗せてやった。木曽呂橋に着き、こんな淋しい所に……と平吉が訝しがっている間に、女は礼を言うと見沼の水面に滑り出し、竹薮の中へ姿を消した。人でないものを乗せたか、と呆然とした平吉だったが、その日からその女のことが忘れられなくなってしまう。
しばらくして、平吉は取り憑かれたように竹笛を作りはじめ、まわりのものは心配した。しかしそれをよそに、笛が完成すると来る日も来る日も木曽呂橋のたもとで吹くようになった。ある満月の夜、いつものように平吉が笛を吹いていると、その音にあわせるような琵琶の音が聞こえて来た。見沼の水の上に、あの娘が琵琶を抱いて姿を現した。娘はこの間の礼を言い、平吉にひとつの玉手箱を差し出した。その玉手箱には〝しあわせ〟が入っており、蓋を開けない限りしあわせは逃げない、と言う。平吉は蓋を開けぬと約束し、持ち帰った玉手箱を床下に隠した。
その日から平吉には幸運ばかりが続くようになった。運ぶ青物は高い値で飛ぶように売れ、博打を打てば大もうけになった。程なく働かなくても何ひとつ不足のない身になり、村人たちはうらやんだ。しかし、何不自由なくなった平吉はしだいに空しさにとらわれるようになり、ついには玉手箱の蓋を開けてしまう。すると、中には一匹の白蛇がおり、這い出すや否や見沼の中へと消えた。玉手箱の中には金色の鱗が一枚残るだけだった。しあわせを失った平吉はもとの馬方に戻った。
その後、かねてから平吉を心配しつづけていた名主の娘の茅野と所帯を持つことになり、平穏な暮らしを送るようになった。平吉は見沼のヘリにお社を建て、鱗の入った玉手箱を祀った。これが下山口の弁天さまの起こりである。

角川書店『日本の伝説18 埼玉の伝説』より要約

山口弁天(厳島神社)
山口弁天(厳島神社)
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玉手箱に残された一枚の鱗とは実にパンドーラーの話のようではある。平吉も落ちぶれ果てずに茅野と結婚してとりあえず平穏な暮らしをするのであり、実際「最後の本当の幸せ」というような意味合いを持たせた物語なのだろう。

平吉の吹いた笛もお社に祀られていたというが、それはいつの間にかなくなってしまったそうな。玉手箱があるのかは分からないが、今でも伝説の鱗を模した神具が祀られている(二つあったが)。

山口弁天(厳島神社)
山口弁天(厳島神社)
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さて、この伝説。弁天さんの話ではあるのだが、全体的にはほとんど竜宮女房譚である(「竜宮からきた嫁」など参照)。平吉が竜宮へ行く期間が省かれているだけだ。山口弁天さんはきわめて竜女・乙姫に近接した例だと言えるだろう。そしてそれは故のないことではない。この土地、見沼の南端には、古代から見沼の竜神を祀ってきた神域があったと考えられるのだ。これを「四本竹」という。

見沼想定図
見沼想定図
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山口弁天の北側の、芝川見沼第一調節池建設の際の発掘調査で、この地からは790を数える竹の突きささった跡が見つかり、古の土地の名にちなんで「四本竹遺跡」とされた。これは氷川女体社最重要の祭祀である「御船祭」の時に船が向う場所だったのである。

芝川見沼第一調節池(四本竹)
芝川見沼第一調節池(四本竹)
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往古のこの祭祀がどのような結構だったのかは知る由もないが、場所は「みぬま」である。水神格である竜神の棲み家が四本竹であり、それを鎮め、また託宣を受ける巫女たちがその祭祀を行っていたのなら、まったくこれは折口信夫の言う「水の女」であるだろう。

氷川女体神社(四本竹)
氷川女体神社(四本竹)
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見沼周辺には多く弁天が勧請され、見沼八弁天とも呼ばれるほどだったというが、これらは概ね見沼が干拓されて以降、代用水の治水のために祀られたと考えられる。しかし、この山口弁天のように、伝わる伝説はそれ以前に遡る面がままあり、その中に四本竹の竜神に仕えていた巫女たちの面影が残っているのではないか、と私は思っているのだ。伝説の白蛇が残した一枚の鱗が、文字通りその最後の希望となるのかもしれない。

memo

見沼弁天 2012.02.24

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