出流原の竜神

門部:日本の竜蛇:関東:2012.02.01

場所:栃木県佐野市:出流原弁天池
収録されているシリーズ:
『日本の伝説44 栃木の伝説』(角川書店):「出流原の竜神」
タグ:宇賀神/俵藤太


伝説の場所
ロード:Googleマップ

水神としての竜蛇の特徴の多くは弁天さんに引継がれている。弁天さん自体が蛇体で表されるが、その人面の頭部には二通りがある。翁の顔と姫の顔だ。このような蛇体の像をさして宇賀神と言い、弁天の多くは宇賀弁才天でもある。

宇賀神
宇賀神
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もともと弁天はインドの水の女神(特に蛇体で表されることはない)であり、姫の顔は分かる。では翁の顔は何だろう。宇賀神そのものがよく分からぬ神であり、実は老翁が水神格になる理由もよく分からないのだ。しかし、出流原弁天は老翁の姿で現れ、旱魃に苦しむ里人に湧水を与えたという。

(出流原弁天池は)古生層の石灰石の割れめから湧出した地下水によってできたもので、それだけに旱りの年でも涸れたことがないといわれている。
ある年、この地方がひどい旱魃にみまわれた。どの田もみな干割れて、ついには井戸という井戸はすっかり涸れ果てた。この上は竜神に雨乞いをするよりほかなかった。人々は磯山の麓に集まり、大太鼓を打ち、鐘を叩いて二日二晩祈りつづけた。
だが、雨一滴落ちてくるけはいはなかった。太鼓を打つ男はついに撥を投げ出して倒れた。ほかのものたちも地に伏して、絶望の涙を流すばかりだった。
そのとき、山中から白衣をまとった老人があらわれた。それにいざなわれて土を掘ると、その穴の底からこんこんと清水が湧き出した。それが弁天池の由来である。

角川書店『日本の伝説44 栃木の伝説』より引用

『まんが日本昔ばなし』「出流原弁天池」
『まんが日本昔ばなし』「出流原弁天池」

このお話は『まんが日本昔ばなし』に「出流原弁天池」として収録されている。そこでは老翁が「自分を打て」と里人に促し、老翁が地中に打ち込まれていくと水が湧いた、という筋になっていた。

出流原弁天は正式には磯山弁財天・磯山宮といい、藤原秀郷(俵藤太)の勧請と伝えるいかにも竜蛇の社というところ。

「磯山宮」(webサイト「神社探訪・狛犬見聞録」)
「神社探訪・狛犬見聞録」サイトトップ

磯山弁財天・磯山宮
磯山弁財天・磯山宮
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さて、この出流原弁天の例では、わりと「翁」のイメージの出自を追うことができる。池の脇には弁天の他に「涌釜神社」という神社が鎮座されており「人丸様」という神様が併せ祭られている。この人丸とは柿本人麻呂のことであり、出流原弁天池には人麻呂がこの地に訪れ杖で岩をついたら水が湧いた、という伝説もあるというのだ。

「涌釜神社」(webサイト「神社探訪・狛犬見聞録」)
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涌釜神社
涌釜神社
レンタル:Panoramio画像使用

果たして柿本人麻呂が水神になるのかというと難しいのだが、実際近隣佐野市小中町の人丸神社も(水神とはいわないが)池の中に鎮座されている。出流原の老翁のイメージに柿本人麻呂のイメージが現われている可能性は多分にあるだろう。

もっとも、だからといって宇賀神の老翁のイメージの根に人麻呂がある、という話が広く検討できるのかというとそんなことはないだろう。本家であろう播磨明石の方にそのようなイメージはない(と、思うがどうですか?)。

他には、例えば雪解けや大雨で増水して白く波の立つ川の流れを「白髭水」と言ったりすること、牛窓伝説の住吉神や浦島子(老翁となり神格化される)が老翁の海神としてイメージされることなどが、水神としての老翁のイメージがあることに繋がってくるだろう。

そのような幾つかの「水神・弁天─宇賀神─老翁」を結ぶ筋のうちのひとつとして、出流原・下野に見る「人丸様」のイメージもあげておきたい、ということだ。

memo

出流原弁天池
出流原弁天池
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ところでこの出流原弁天池に関して、今ひとつの伝説をメモしておきたい。竜蛇譚の枠組みで扱うには微妙なので、一緒にここで扱ってしまう。

むかし、この地に朝日長者の屋敷があったという。長者のひとり娘の鶴姫は、出流原弁天に祈願して儲けた授かり子であった。ある日、前ぶれもなしに姫の姿が見えなくなった。長者は気違いのようになって探したが、ついに行方がわからなかった。
すると、ある夜、神のお告げがあった。長者が金儲けのために犯した罪を背負って、鶴姫は弁天池の鯉に化身した。それを救うには、長者が財宝を捨てて無一物になるほかない、という。それも姫のためと心を決めて、財宝を後山に埋めた。
その場所をしらす歌をのこして旅立った。その歌は、
 朝日さす夕日かがやくこの山に うるし千杯、朱千杯
という。

角川書店『日本の伝説44 栃木の伝説』より引用

例の「朝日さす夕日かがやく……」の歌を残す朝日長者の話があるのだ。「大浪の池」や「姉妹の蛇身」で見て来た女人蛇体のモチーフから竜蛇が完全に脱落して長者の因業の話となるとこうなる。女人蛇体の話型の変遷を見てたどるという時には、この出流原弁天池の朝日長者の伝説の型がラストに来ることだろう。

出流原の竜神 2012.02.01

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