オヤウカムイ

門部:日本の竜蛇:北海道・東北:2012.02.29

場所:北海道洞爺湖など
収録されているシリーズ:
『日本の伝説17 北海道の伝説』(角川書店):「オヤウカムイ」
『日本昔話通観1 北海道』(同朋舎出版):「蛇の厄難」
参考資料:
 更科源蔵:著『カメラ紀行 アイヌの神話』(淡交新社)
 知里真志保:編訳『アイヌ民譚集』(岩波文庫)
タグ:翼を持つ竜蛇/アイヌの竜蛇神


伝説の場所
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アイヌの語り伝えた魔神にオヤウカムイ(ホヤウカムイ)という、またの名をラプシヌプルクルともいう、またの名をラプシオヤウともいう、またの名をサクソモアイェプともいう蛇神がいる。「蛇神」だといっても翼を持ち、基本的に飛び歩くものだったというのだから既に蛇の枠は大きく逸脱している竜蛇神だと言えよう。

アイヌの伝説はユーカラとして歌い継がれて来たので、本土のような起承転結のあるストーリーがまとまっているわけではない。いくつかの場面をつないで想像していこう。

洞爺湖と中島
洞爺湖と中島
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蛇の厄難(原題・洞爺湖の蛇神・梗概):
ポイヤウンペが洞爺湖に来ると、オヤウカムイという羽の生えた毒蛇がポイヤウンペを苦しめる。ポイヤウンペは滝の神様にかくまってもらうが、オヤウカムイは羽のある蛇六十匹、ただの蛇六十匹をかり集めて攻める。
滝の神は攻め殺され、ポイヤウンペも全身焼けただれて石狩におもむき、トミサンペッ・コンカニヤマ・カニチセ(トミサンペッの黄金山の金の家)に難を逃れた。(「アイヌ伝説」『人類学雑誌』)

同朋舎出版『日本昔話通観1 北海道』より引用

ポイヤウンペ(ポンヤウンペ)は年若いアイヌの伝説の英雄で、ユーカラとは狭義には彼の事跡を伝える英雄叙事詩をいう。空を飛んだり分身したりと実にのびのびとした超人・神人であり、普通の人間の英雄ではない。

フゴッペ洞窟の鳥人
フゴッペ洞窟の鳥人
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有名なフゴッペ洞窟の鳥人の線刻などアイヌの人が見ると「これはポイヤウンペだ」となるようだ。そのような超人の英雄を瀕死に追い込むのが、洞爺湖のヌシでアイヌの竜蛇神であるオヤウカムイなのだ。カムイは神のことだが、オヤウ(ホヤウ)は「蛇」の意味。そのままだと「蛇神」である。その姿は日高の方では詳しく語られ、次のようだという。

日高から西部の湖には、サクソモアイェプ(夏に言われぬ者)という、翼の生えた蛇体がいるといわれ、胴体は俵の様で頭と尾が細く、鼻先がノミのように尖っていてこれがぶつかると、大木でも伐り倒されたり引裂かれたりする。
全身淡黒色で目の縁と口のまわりが赤く、ひどい悪臭があって、これの棲んでいる近くに行っても、またその通った跡を歩いてもその悪臭のために、皮膚がはれたり全身の毛が脱けおちてしまう。うっかり近寄ると焼け死んでしまうとおそれられ、ラプシヌプルクル(翼の生えた呪力ある神)とかラプシオヤウ(翼のある蛇)、あるいは沙流地方の神謡ではホヤウ(蛇)とも呼ばれている。洞爺湖の主はこの蛇体であるという言い伝えが昔からある。

更科源蔵:淡交新社『アイヌの神話』より引用

このような凄まじい毒蛇なのだ。ポイヤウンペの「全身焼けただれて」という様子も、火で焼けたのでなく、この毒気によるのだろう。何せ「通った跡を歩いても」障るというのだから、鵡川の方の人は丘の上から池沼を見おろし、オヤウカムイのいないのを確かめてから進んだという(角川書店『日本の伝説17 北海道の伝説』)。

その名の色々に関しては先の引用にみな語られている。色々な名の一族というよりも、土地によって忌名が違うという感じだろうか。この中でそのままでは意味の分からぬのが「サクソモアイェプ(夏に言われぬ者)」という名だが、これは暖かくなるほど蛇が活動的になる、ということのようだ。

蛇の通用生として暑い時はひどく元気で活躍するから、暑中や火の傍ではうっかり名を言うさえ恐ろしいこととされている。それでサクソモアイェプ(sak-somo-aye-p:夏には言われぬ者)とも綽名されている。そのかわり寒さには弱くて体の自由がきかない。

知里真志保:岩波文庫『アイヌ民譚集』より引用

と、いうことなのだ。一方のアイヌの黎明の英雄神オキクルミもこのオヤウカムイと戦っているが、オキクルミは天上の神々に祈り、大みぞれを降らせ、寒さで動けなくなったオヤウカムイを斬っている(更科『アイヌの神話』)。

さて、このようなアイヌの蛇神オヤウカムイなのだが、人に害をなすばかりでもない。この蛇神は、巫女に神懸かって病気の原因などを託宣する神でもあるのだ。アプタ(虻田)の酋長の妻が病み、尋常の加持祈祷では験がなく、蛇神を憑神に持つ特別な巫女に頼んだ所、オヤウカムイが神懸かり、託宣を始めたという。

サアエエ サアオオ 俺の支配する沼
サアエエ サアオオ 沼のまん中に
サアエエ サアオオ 俺はぽっかりと浮かび上がった
サアエエ サアオオ 寒いぞよ 寒いぞよ
サアエエ サアオオ 沼のかみへ 沼のしもへ
サアエエ サアオオ あまたの波紋を従えて
サアエエ サアオオ 俺は泳いでいる
サアエエ サアオオ 寒いぞよ 寒いぞよ
サアエエ サアオオ 火を焚けよ 火を焚けよ……

知里真志保:岩波文庫『アイヌ民譚集』より引用

こう言って登場するのだ。確かに寒さに弱いらしい(笑)。この沼とは洞爺湖のことなので、タイトルバックの写真にイメージさせたように、その中島が竜蛇と見立てられていたのかもしれない。ともかく、このようにして蛇神は酋長の妻の病因を語っていくのだ。

ムックリを演奏するアイヌ
ムックリを演奏するアイヌ
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それにしても巫女が蛇神を自らに憑かせて託宣しているのであり、大変重要な光景と言えるだろう。「蛇巫」の存在は龍学の中心的な課題のひとつなのだが、本土にはその伝承は少ない。琉球とアイヌにその話は濃く伝わっている。なぜ毒蛇神が巫女に託宣する神なのか。それはとても重要なことなのだ。

そして、さらに興味深い点として、オヤウカムイはその悪臭故に「疱瘡神すら近寄れない」のだとされ、疱瘡が流行った頃は洞爺湖へ逃げると疱瘡神は追ってこないとされたと言う(更科『アイヌの神話』)。本土の人間の持ち込んだ疱瘡の蔓延は免疫のまったくなかったアイヌを壊滅的な状況へ追い込んだのであり、その深刻さは本土の疱瘡の比ではない。全滅の際にあって頼みとなった神格ということであり、そこには何か強力な意味づけがあるだろう。

本土の疫病除けの神は牛頭天王だが、この御子神は「毒蛇気神」という。疫病を祓う神の子がなぜ毒蛇なのか。オヤウカムイの存在はそのあたりへも(その発想において)大きなヒントをもたらしてくれるのじゃないかと思っている。

このような諸々の逸話を持つのがオヤウカムイである。まだ私自身がアイヌの信仰の深みに関してあれこれ言える段階にないので紹介に終始したが、概ねこの蛇神の横顔は書けただろうか。あとは最後に東北の方へと繋がるかもしれないハンドルを紹介して話を終えよう。

元来アイヌの信仰の中で蛇は天上にいたが、火の神が好きで、火の神が天上から雷光に乗って天降るとき(落雷)一緒に地上におり、その勢で地上に大穴をあけたので、蛇はその穴に棲むようになったという説話は、空に描く雷光に蛇体を想い、また湖から立ち昇る竜巻きに、翼ある蛇を想像したかもしれないと思う。

更科源蔵:淡交新社『アイヌの神話』より引用

これはまったくの所「雷の落ちた田をウンナン田として祀った」という東北の鰻神・ウンナンさまの話のようである。ウンナンさまと対となるという神格「ホウリュウ・ホウリョウさま」というのがおり、この元がアイヌのオヤウ(ホヤウ)ではないかと見る向きもある。名の類似だけでなく、このような話で繋がる所があるのかもしれない。北の地をより詳しく見ていく中で、その繋がりが色濃くなっていくことを期待したい。

memo

オヤウカムイ 2012.02.29

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