小国郷のはじまり

門部:日本の竜蛇:北海道・東北:2012.01.24

場所:山形県最上郡最上町
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系3』(みずうみ書房):「小国郷のはじまり」
タグ:竜蛇と蟹/湖を破る神


伝説の場所
ロード:Googleマップ

北国の小国盆地も大昔は大沼だったと伝わる。そして、これが破られたのはヌシの大蟹と大蛇の大喧嘩のせいだというのだ。竜蛇と蟹の戦いの話には「湖を破る」のモチーフをもって国土創成譚のようなスケールまで大きくなっていくものがある。

小国盆地
小国盆地
レンタル:Panoramio画像使用

小国郷は、太古には四方を山に囲まれた大沼だった。どこからか、大蛇と大蟹が現れて、大蟹が大蛇の尾を鋏み切ったことから大闘争になって、天地が大震動する。このために瀬見峡谷が崩壊し、沼の水が流れ出して小国川になる。
沼底は干上がって小国盆地になったという。この時二匹が争った地は戦沢、切られた尾が流れついた地を長尾という。大蛇は月楯の弁才天、大蟹は蟹ノ股観音として祭られている。(『山形県伝説集・総合編』)

みずうみ書房『日本伝説大系3』より引用

類話をもう一話あげておこう。

湖水の主、三ツ頭の大蛇が、竜巻をおこして昇天し、竜になろうとしたところ湖底から大蟹が現われて尾をはさむ。激しい戦いをするうちに西山の端が崩れて湖の水が流失し、小国盆地になる。大蟹が割った山は蟹割山といったが、後に亀割山と誤って呼ばれるようになった。大蛇は弁財天、大蟹は、蟹ノ股観音(蟹ノ股薬師如来)として祭られている。(「小国郷本城志」「新庄最上地方伝説集」)

みずうみ書房『日本伝説大系3』より引用

表題話は大亀が大沼の主であり、現われた大蛇と闘う話となっている。これがもとは蟹だったようなので、類話の大蟹の話の方をのせた。蛇蟹合戦の方は勝敗がないが、蛇亀合戦の方では大亀が負けて逃げ出す際に沼の淵を破って云々となっている。

月楯弁天
月楯弁天
リファレンス:最上町観光協会画像使用

月楯弁天は今もある。蟹ノ股観音は分からないのだが、亀割山には亀割子安観音がある。同じ子安伝説を持っている所が興味深い。
月楯弁天(webサイト「最上町公式ウェブサイト」)
亀割子安観音(webサイト「最上町公式ウェブサイト」)

また、考えあわせたいのは宮城南部から福島北部で語られる大鰻と大蟹(ないし大亀)の大喧嘩の話だ。ヌシ同士が争うことになり、大鰻は人の猟師に加勢を頼む。特に沼を破るというモチーフはないが、この伝説の南側が「信達湖水伝説」の信達盆地である。

より端的には、福島県の「蟹沢」に出現した大蟹を退治するために、里人が黒沼神社に籠って祈願したという伝説がある(『大系』の小国盆地の稿参考話)。黒沼神社とは「信達湖水伝説」の大湖水だった頃の元ヌシの大蛇を祀るという神社だ。

これらの話が信達盆地から吾妻連峰を越し、最上川に沿って下っていった可能性はあるだろう(山形市村山平野にも同系の伝説がある)。小国盆地は湖を破る話としては鳥海山と「鳥の海の干拓」を伝える秋田県横手まであと一歩に迫る所である。

蛇蟹合戦もさることながら、湖を破る話が太平洋側から日本海側へと伝播していった道筋が見えるかもしれない、という点も大いに重視しておきたい話である。

memo

小国郷のはじまり 2012.01.24

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