蓑が坂

門部:日本の竜蛇:北海道・東北:2012.03.23

場所:青森県三戸郡三戸町
収録されているシリーズ:
『日本の伝説25 青森の伝説』(角川書店):「蓑が坂」
タグ:布衣の怪と竜蛇/竜蛇と百足/俵藤太


伝説の場所
ロード:Googleマップ

布が蛇体になったり、蓑は蛇なのだという見解があったりと、身にまとうものの怪と蛇の怪というのも時々接近する所がある。大体〝あちら〟から来る神霊は多く蓑笠をまとうものであり、この問題も中々に深いのだ。

青森と岩手の境にもそのような怪が出たという話がある。加えてどうも蛇と百足の話でもあるようで、もしかしたら行く行く大物伝説の一端という扱いになるかもしれない。

三戸町の近く沼尻部落のはずれに、蓑が坂沼という沼があり、底知れぬ深さであった。この沼に住む主は大蛇で、雨が降りそうになると、沼の近くの坂に蓑と笠に化けてかかっていた。通りがかりの村人が雨に困って、この蓑と笠を着ると、そのまま沼に引きこまれてしまうのだった。
それでその坂を蓑が坂というようになった。ある時、話を聞いた南部の家来で、玉山兵庫という武士が、これを退治しようと馬に乗ってやってきた。しかし、主は見当たらず、沼に一本の大木が浮いているので、これ斬った。するとその大木は大蛇の姿を現して死んだ。
兵庫は馬の鞍を沼に沈め、以来この沼を鞍沼と言うようになった。 また、沼の傍らにお堂を建て、これを鞍沼明神と言うようになったのだという。

角川書店『日本の伝説25 青森の伝説』より要約

これはほぼ同様の話がお隣岩手県二戸町にも伝わっており(舞台の釜沢は沼尻から2キロほど南東)、ヌシの討伐に奮戦するのも南部藩士の玉山昇という同じような名の人なのだが、中盤から話の模様が違ってくる。前半は同じなので割愛して中盤以降を見てみよう。

(玉山昇がヌシを求めて進んでいくと)実に醜い面相のいたこが現われ、憎々しげに昇の顔を見るとけたけたと笑った。馬もあとずさりし、動こうとしない。これだ、と思った昇はオノレッと、いたこを槍で突いた。いたこは一声叫ぶと槍もろともに姿を消した。
沼に逃げ帰ったに違いないと見た昇は、もぐり人を頼んで、沼底を探らせた。すると、世にも不気味な大木のようなものがあり、もぐり人はこれに縄を結びつけ戻ってきた。みなでこれを引き上げてみると、幾百年生きたかという大百足であり、昇の槍が胸に突き刺さっていた。
ちょうど同刻、盛岡の玉山家で昇の叔父が本を読んでいると姪の御蓮が庭先の石垣にスルスルと登りだし、叔父を見るや醜怪な面相に変じ、けたけたと笑った。これは妖怪と叔父が槍で突くと、どさりと落ちたのは可愛い姪である。介抱に手をつくしたが、御蓮は亡くなった。大百足退治から戻った昇は事の顛末を聞き、これは大百足の祟りかと思うも最早どうしようもなかった。亡き娘を御蓮神社として祀り、以来玉山家では大百足のついた紋を門に立てたと言う。今も、玉山村の姫神神社の傍には御蓮神社の祠がある。

webサイト「二戸市商工会・にのへのむかしばなし」より要約

なんとも、百足なのだ。どうもこの二話は本来同じ話であるようで、「蓑が坂」そのもの(奥州街道・旧街道:蓑が坂)は同一の場所のことのようである(沼はもうないようだ)。

「福岡宿~金田一宿~三戸宿」(webブログ「歴史散歩」)

蓑が坂
蓑が坂
リファレンス:歴史散歩 画像使用

南部藩士の玉山家が百足の紋を掲げていたというのも見逃せない話だが、現状この点はよく分からない。しかし、南部には南部家27代利直公に嫁いだ俵藤太秀郷の後裔とされる「於武(おたけ)の方」の「むかで姫」伝説があり、いずれなにがしかの関係があると思われる。於武の方は「先祖がむかで退治に使った矢の根」を持って嫁いできたというのだから、まったくの所俵藤太伝説に連なる話なのだが、そのあたりはまた追々紹介していくこととしよう。今回は、もう一話類似するモチーフをあげて「引き込む衣の怪」という点をよく見ておきたい。三戸の蓑が坂から西へ十キロと離れていない、同三戸郡田子町の長坂という所のお話。まるで「一反木綿じゃないのか」という話である。

長坂に昔、布沼という大きな沼があった。この沼に、ヌノガラミという奇怪な主が住んでいた。名のとおり布に化けて沼のほとりの垣根にかかっており、通りがかりの村人がこれを取ろうとすると絡み付いて沼に引き込むのだった。
ある時、この怪に妻と娘を沼に引き込まれた男が、退治に乗り出した。鳩の卵を一つ持ってゆくが良いと言う神の啓示を受けてそのようにし、沼に出かけた。沼の水が湧き立つと、男は卵を壊して沼に投げこんだ。すると、大きな音とともに、ヌノガラミの死体が浮かび上がったと言う。

角川書店『日本の伝説25 青森の伝説』より要約

鳩の卵というのが八幡の加護を言っているのか、あるいは鳥と蛇の関係を言っているのか(鳩が蛇から主人を救う話も三戸にはある)分からないが、全体の怪の様子としては蓑が坂の怪とよく似ていると言えるだろう。この類似が手がかりとなると思う。妖怪化した機織姫がその織った布で人を絡めとって水底に引き入れることを思い出したい。あるいはそれは妖怪女郎蜘蛛の使う手でもある(「機織姫と女郎蜘蛛」など参照)。

長い布がその形状から蛇だ竜だと(あるいは蜘蛛の織る幡だと)言われるのは分からないではないのだが、これが蓑笠をモチーフに同様の話が隣接してあるということになるわけだ。それは形状だけの問題ではないということである。私はこれは「カミの着る衣」とでも言うべきモチーフに繋がっていくのではないかと考えている。ある種の衣装には「あちらとこちらの間にいるモノ」の姿を意味するものがある。蓑笠の姿というのはその代表的な一例だ。

熟練の技能持つものは(猟師なり、巫覡なり)、自らその姿をとることで「そこ」の領域へ近接していくことが出来る。しかし、一般のものには、あちらへと引かれてしまう衣装でもある。蓑が坂の蓑笠に化ける大蛇の話というのはこのあたりの異界との交流の次第を少なからず反映している伝説であるように思うのだ。同様の話が各地にたくさんあるのかというと、おそらくほぼないのだが、少しでも繋げていける方向を探りたい。

memo

蓑が坂 2012.03.23

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