沼神の手紙

門部:日本の竜蛇:北海道・東北:2012.01.25

場所:宮城県登米市
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系2』(みずうみ書房):「沼神の手紙」
タグ:水神の文使い


伝説の場所
ロード:Googleマップ

神社参拝の拍手は二拍手か出雲系では四拍手かと定まっているが、三拍手はないのだろうか。もしあるとしたらそれは竜蛇にまつわるお社かもしれない。神社ではないが沼の主に来訪を告げる時には三度の拍手を打つものなのだ。

沼神の手紙:要約
むかし、伊豆沼(泊町新田の伊豆沼)のほとりに矢作という男がいた。矢作は百姓で日々の暮らしがやっとであり、近所の人々がお伊勢参りに行くというが、自分は銭がなくて行きようもない、と嘆いていた。
ある朝、矢作がいつものように伊豆沼の草刈りをしていると、沼の主の大蛇がお姫さまに化けて現われた。そして、お伊勢参りに行くための路銀をやるから富士の裾野の沼の妹に手紙を届けてくれという。矢作はこれで自分もお伊勢参りに行けると喜んで承諾し、路銀と手紙を受け取った。
伊勢への途中、富士の裾野で六部に会った矢作が次第を話すと、六部は手紙を見せてみろという。すると手紙には矢作が毎朝沼の草を刈るので目について困る、この男を呑んでくれ、とあった。六部はそれを、沼に良くしてくれる男だから宝の栗毛の駒をやってくれ、と書き替えてくれた。
そして矢作が教えられた沼へ行って三回手ばたきをすると、姫が現われた。手紙を渡すと姫は苦労をねぎらい、手紙の通りに栗毛の駒をくれた。伊勢からの帰り矢作は再び六部に会い、今度は、そのまま帰って伊豆沼の主に事が知れると災難があるから、知らぬ土地へ行って暮らせ、と助言される。
矢作は言われたとおりに、雪深い栗駒山の麓に移り住んだ。ところでもらった宝の駒は、一日一合の米を与えると、一升の金貨を生むという駒だった。これで矢作はたちまち七つの蔵を建て、大金持ちになった。
しかし、話を聞いて養ってくれと来た叔父の金作が、駒の事を知り、強欲に任せて一升の米を与えたところ、駒は飛んで行ってしまい石になってしまった。栗駒山はこの栗毛の駒から名を取ったのだと言う。(『みちのくの海山の昔』)

みずうみ書房『日本伝説大系2』より引用

伊豆沼
伊豆沼
レンタル:Panoramio画像使用

ということなのだ。丹波でも摂津でも甲斐でも常陸でも沼主に手紙を託かったら「三回拍手をして」届け先の妹弟のヌシを呼び出す。沼の主は必ずしも蛇と語られるわけではないが、三は巳(み)に通じる故だろうか。もっとも近世以前は拍手の数も所々でまちまちだったようだが。

さて、三拍手は面白くはあるが話のつまで、この伝説の最も興味深い点はその分布の広さ多さにある。先に述べたように東西で変わらず語られる。大まかに単にお使いを頼まれ褒美をもらう話と、引いた話のように途中「呑んでしまえ」を六部なり何なりが「褒美をやってくれ」に書き替える話のタイプがある。

また、もらう褒美は小犬・猫・駒などのバリエーションがあるが、少しの米を食わせると金の糞をするなり小判を生むなりという点は同じである。また、道中の路銀にともらう銭さしが「つきぬ銭さし」であった、という丹波−伊勢の話が『まんが日本昔ばなし』には収録されていた。

この『大系2』の宮城の「沼神の手紙」も周辺類話で五つの異なる沼淵間の話が収録されているのだが、何故この話がそれほどあちこちで根づいたのかというとよく分からない。宮城の例では某高橋氏の祖先が云々、という系があるので、あるいは長者の発生を説明するために好まれたのかもしれない。

引いた話に限って考えれば、伊豆沼と富士の裾野(伊豆)という共通性から伊豆の修験が陸奥に進出するのに便宜を図った一族が後修験勢力のバックアップを受けて長者となりました、というような話にも読める。しかし、全国の「文使い」が皆そのような読み方で読めるのかというと難しい。

また、褒美にもらう動物が「金の糞」をする型が標準である事から、金糞=カナクソ=鉄滓(金属を生成する際にこぼれてできるものを滓という)の事で、製鉄民に関わる話だ、という読み方が多くされる。確かに「金の糞」の事は良く説明する説と言える。しかし、これも万事そうかというと心もとない。

全国的に多く「お伊勢参りに行く途中」という設定が共通するのも気にはなる(皆ではない)。ただしこれは昔百姓が長距離旅する理由がそれくらいだった、というだけかもしれない。などなど、いずれにしても広く豊富に語られる伝説なのだがその意味は何だというとよく分からない話なのだ。

とはいえ、多くの土地で好まれ定着した以上は何かがある。竜蛇譚としては「わたり」の話や「姉妹のヌシ」の話とも繋がる部分があるはずだと思う。この伝説はそういった意味でも「いつ何がひらめくか分からない」楽しみを持てる代表的な伝説群だと言える。

memo

沼神の手紙 2012.01.25

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