牛鬼

門部:日本の竜蛇:中国:2012.03.02

場所:島根県大田市
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系11』(みずうみ書房):「牛鬼」
タグ:牛鬼


伝説の場所
ロード:Googleマップ

石見の牛鬼の話。牛鬼の話は竜蛇譚なのかというと基本的には違うだろう。しかしそれは「河童の話は竜蛇譚ではないだろう」という程度のことである。つまりその繋がりは濃いと思うのだ。なんとなれば牛鬼というのは海に棲み、また淵に棲み、達者に泳いで水系を行き来し、おまけに大の相撲好きというのだからきわめて河童に近い。稀に山中に棲むという牛鬼もいるが、河童に対する山童のようなものだと思えば、それも含めて近いニッチにいる怪なのだとも言える。

石見の牛鬼は、海の中から夜出るものとされ、日中は姿を見せないと信じられて来た。明治の少し前、今の雪見町の中屋政五郎という釣り好きの男が、静間の魚津の海岸へ夜釣りに行った。その夜は面白いように釣れ、夢中になっていると、海の中から濡れそぶれた女が現われた。
女は抱いていた赤子を差し出し、「ちょっと抱いてくれ」と言う。政五郎はこれが話に聞く濡れ女に違いないと、年寄りから聞かされていたように、履いていたアシナコ(草履の一種)を手に着せ、赤子を受け取った。そして、濡れ女が海へ消えると同時に手のものを投げ捨て、一目散に逃げ出した。
しかし、政五郎の後ろからは目を爛々と光らせた真っ黒い怪物が追いかけてくる。政五郎はどうにか明かりのある民家を見つけ逃げ込み、訳を話して堅く戸を締めさせ、奥の押し入れに匿ってもらった。
しばらくすると牛鬼がやって来てその家の周りをぐるぐると回り「ああ、取り逃がして残念だ」と言って去った。その声はまったく濡れ女の声とそっくりだったと政五郎は後に言ったそうな。恐ろしい目にあった政五郎はそれからすっかり釣りを止めてしまった。(『江津のはなし』)

みずうみ書房『日本伝説大系11』より要約

魚津
魚津
レンタル:Panoramio画像使用

この話の筋は同地方の基本的な「牛鬼の現われる次第」を反映している。まず、「濡れ女」が現われ、子を抱いてくれと差し出す。この子を素手で抱いてしまうと貼り付いて取れなくなり、また赤子が石となってその重さに身動きが取れなくなる。その万事休すに追い撃ちで牛鬼が登場する。だから、濡れ女にであったら手袋をするなり草履を手にはめるなりして赤子を受け取り(そうすれば貼り付かない)、濡れ女が消えたらすぐ投げ捨てて逃げる、という対処法が語り伝えられているのだ(他の類話でも同じ)。このために石見の牛鬼は人を襲ってもいつも失敗する。

牛鬼:鳥山石燕『画図百鬼夜行』
牛鬼:鳥山石燕『画図百鬼夜行』
レンタル:Wikipedia画像使用

しかし引いた話でビックリするのが「牛鬼の声が濡れ女とそっくりだった」という点だ。『大系』には濡れ女→牛鬼という型の類話が四話あるが、このモチーフはこれだけである。濡れ女と牛鬼がどういう関係にあるのかよく分からないのだが、ヒントであるかもしれない。

さて、牛鬼の話は『大系』の同稿の類話だけでも三十もあり、バリエーションも豊富だ。しかし、それ全体の紹介はやはり「竜蛇譚」ではないだろう。ここでは「牛鬼」そのものの外見的特徴が語られている一話を紹介して、竜蛇と近接する存在であることを示そう。

昔、大浦の岩場に牛鬼とか牛ワニとかいう、魚とも爬虫類ともつかぬ怪物が朝やって来る。村人と相撲を取って勝っては、夕方になると海の方に帰って行った。怪物の手の平には何でも吸いつけるものがあり、自由を失わせる力を持っていた。それを聞いた村一番の力持ちが、わらじの半分のものを手にはめ、怪物と相撲を取って、牛鬼の力を封じて投げとばした。初めて負けた牛鬼は大きな泣き声を出し、涙を流した。その涙が見る間につるつるした岩に変わり、牛鬼は海に帰って行って、二度と姿を見せなかった。(『民話』)

みずうみ書房『日本伝説大系11』より引用

と、いうことでほとんど河童であり、「魚とも爬虫類ともつかぬ怪物」なのだ。私は「牛鬼」とは「角の生えた水棲の何か」ということだったのであり、今イメージされる「牛のような鬼」というわけではなかっただろうと思っている。

ワニがオニに転訛したのだ、とまで短絡したことは言えないが、実質そのような了解で良いように思う。要は牛鬼はミヅチの一種なのだということだ。そして、そう考えると東北の「鬼の角」の話などもやはり竜蛇譚にきわめて近いのだということが分かる。

「鬼の角」(webサイト「まんが日本昔ばなしDB」)

池沼のヌシの話として、水夫が水に潜って沼底の姫に案内されて奥の間を覗いたら、竜蛇ならぬ大牛が寝ていた、という話も結構あり、なぜか牛が水神の竜蛇を置換しているのだが、牛鬼という存在もそこに一枚噛んでいるかもしれない(もっとも牛は牛でかなり古くからの水神格ではあるのだが)。

いずれにしても恐ろしいモノでありながらどこか剽軽で、お相撲を取ってくれる人間がいると聞くや大喜びしてしまうようなこの牛鬼も、水神の眷属として折々にはさみ、紹介して行きたい。

memo

牛鬼 2012.03.02

中国地方: