三穂太郎

門部:日本の竜蛇:中国:2013.02.19

場所:岡山県勝田郡奈義町
収録されているシリーズ:
『日本の民話12 中国2』(研秀出版):「三穂太郎」
タグ:蛇女房/太郎の系譜/佐用姫


伝説の場所
ロード:Googleマップ

うちは「龍学」なのに、時々ふらふらとダイダラボッチを追っかけたり武家の氏族が分れて行くのに頭を悩ませたりしているが、それらも辿れば竜蛇が出て来るのじゃないかと思うが故の探求である。今回はそのような側面を良く語っている伝説を紹介したい。

たとえば北国の所謂八郎潟の八郎なども、良く知られた竜蛇となる八郎の伝の他に、八郎が山を担ぐような巨人と化す伝系があるのだが、どうも各地の巨人伝承は竜蛇信仰にどこかで接続しているのじゃないかという節がある。そして美作の国にはなんと大蛇を母に英雄として生まれる巨人の伝説があるのだ。しかも驚いたことにその母が居た山、巨人が居した山を「那岐山」という。その巨人は「三穂(さんぼ・さんぶ)太郎」と呼ばれるのだが、まずは、その誕生の様子を見てみよう。

那岐山
那岐山
レンタル:wikipedia画像使用

三穂太郎(前半):
昔、菅家の子孫で菅原実兼という人が日本原(勝田郡奈義町)に住んでいた。ある時、菩提寺へ行った帰りに実兼は見たこともない美しい娘と出会った。二人は参詣の度に会うようになり、やがて夫婦となった。しかし、身ごもった妻は出産に際して、決して部屋をのぞかないようにと言う。そして、男の子が誕生して太郎と名づけられたが、妻は太郎に乳をやるときも中を見てはならないと言った。実兼は言われたように我慢していたが、ついに我慢しきれなくなり部屋を覗いてしまった。
すると、部屋の中には大蛇がとぐろを巻いており、太郎に乳を飲ませていた。正体を見られた妻は、自分は那岐山の麓の蛇淵に棲む大蛇だと告げ、雲を呼ぶと乗り、飛び去ってしまった。残された実兼は太郎を育てようとしたが、太郎は泣くばかりで実兼は困り果ててしまった。
実兼は太郎を抱いて蛇淵に赴くと、妻を呼び、もう一度太郎に乳を飲ませてくれるよう頼んだ。すると大蛇が現われ、五色の玉を実兼に与え、これを舐めさせて太郎を育てるよう告げると、また淵に姿を消した。
五色の玉を与えると太郎は泣きやみ、ぐんぐん育って天にもとどくほどの大男になった。力持ちでありまた利口でもあり、この地方一帯を治め、那岐山に城を構えてたいそう栄えた。

研秀出版『日本の民話12 中国2』より要約

蛇淵の滝
蛇淵の滝
レンタル:フォト蔵画像使用

典型的な蛇女房の見るなの禁の話だが、誕生した子のその後が続くのが重要だ。多くの蛇女房譚は育った子のことは語られることなく話が終わる。私はこれまでこれは子が育った後が重要である「英雄の誕生を告げる物語」であったはずだと強調してきた。そしてここでは実際それが語られているわけである(ちなみに先に述べておくが、三穂太郎満祐という人物は実在の人物である。美作の菅家七流の祖とされる……後述)。この点に関しては……

▶「五十嵐小文治」(新潟県三条市)
▶「縄ヶ池の竜女」(俵藤太:富山県南砺市)

……などを参照されたい。また、蛇の母が子に玉(多くは目玉)を与える話の典型は……

▶「三井寺の鐘」(滋賀県大津市)

……である。さらに今回目玉ではなく五色の玉が子に与えられているが、こうした宝珠が与えられる話も少なくない。私は「目玉」である方はより強く血の継承を意味しているのだろうと考えているが。 竜蛇と五色の玉については……

▶「西谷池の竜女」(島根県出雲市)

……なども。

さて、そのような出自の英雄・三穂太郎はまた、巨人なのだ。これはもう文字通りの巨人で、この点は未来社の日本の民話シリーズの方の記述が良く表現しているので引いておこう。

三穂太郎(部分):
むかしむかし、吉備の国にとんでもない大男がおりました。あまり大きいので、誰も、頭から足までをそっくり一目で見ることはかなわないのでした。霧の中を突き抜けた頭は、那岐山のとんつじ(頂)よりももっと高く、日本海から吹き寄せた雲の上にのっかっていました。

未来社『岡山の民話』より引用

このようなのだ。すなわち東国でいうダイダラボッチであると思われ、備中ではデーデー坊と呼んだという。太郎は天皇に仕え、都まで行くのに三歩で行ったから三穂太郎というのだとされたり、付近の丘山・水場・磐座等々、三穂太郎によってできたのだというものが多いのもダイダラボッチに同じである。これらの三穂太郎の業績を皆あげていくとキリがないのだが、ひとつ面白い表現があるのでそれは引いておこう。

そのころ、美作の山々は、まだどの山もさっぱりおちつきがなく、ほんの少しの雨風にも、すぐどろどろと動きまわるしまつでした。「おーい!待て待て。」太郎は、逃げる山をもっこに拾いあげて、今日はあっちからこっちへ、明日はこっちからあっちへ、のっしのっしと運びまわって、見事な美作の山や谷を作っていきました。

未来社『岡山の民話』より引用

創世の巨人の活躍する世界とはこのようなイメージなのであろう。これは到底美作の菅家七流の祖の時代(十世紀頃)の話とは思われない。それ以前からの巨人伝承が三穂太郎満祐に結びついているのだ。すなわち土地そのものの祖・祖神である存在と、土地を治めた氏族の祖が重なって「三穂太郎」という像ができているわけなのだが、このことは続く話にも良く表れている。

三穂太郎(後半):
三穂太郎は土地の豪族・豊田氏の娘を嫁にもらい、子どもも生まれ、全てが順調に幸せに暮らしていた。しかし、播州の佐用に小夜姫という美しい娘がいて、太郎は小夜を一目見て恋仲になってしまった。
小夜は気性の強い女で、太郎を独り占めにできないことに憤り嫉妬の心がつのっていった。そしてついに太郎の心変わりを疑った小夜は、ある夜、太郎の草履に針を刺しこんでしまった。知らぬ太郎は草履を履いて那岐山へと戻ったが、刺さった針からみるみる鉄の毒が回り、太郎は死んでしまった。
太郎の遺体は各地に散り、頭の落ちた那岐町の関本には三穂神社が建てられ、太郎を祀った。また、日本原を覆った太郎の血肉は黒い土となったが、これを「黒ぼこ」という。

研秀出版『日本の民話12 中国2』より要約

土地の豪族と結婚して子を成す太郎とその血肉が土地を覆う太郎を同じ話で語り継いだあたり美作の人たちというのも随分おおらかなものである(笑)。

「播州の佐用」に関しては以前「小河内山の蛇婿」でこの佐用は佐用姫・小夜姫伝説と関係しないのかと言っていたものだが、いたわけですな。小夜姫が。小夜(佐用)姫とは全国の昔話に出てくる竜蛇の水神に人身御供として供される娘の代名詞的な存在で、説教節の「松浦長者」などで広まったのだろうが、奥州の「掃部長者」などが代表的な話となる。

▶「掃部長者」(岩手県奥州市)

しかし、一般に竜蛇神に供されこれを鎮めるはずの小夜が、大蛇を母とする太郎を殺してしまうとはどういうことだろうか(ちなみに針で太郎が死んでしまうのは蛇は鉄が大の苦手だという全国共通の次第。太郎は巨人だが、正しく蛇の末だと認識されているわけだ)。これは「小夜とは人身御供の代表」という認識を改めるべきなのかもしれない。多くの話でも、小夜は結果として人身御供には「なっていない」のだ。観音経などにより、大蛇を調伏するのが小夜なのである。そのあたりで繋がるのではないか。言ってみれば弁天さん(小夜姫伝説は多く弁天の縁起譚である)が攻性を強調されたら今回の小夜姫のようになるのかもしれない。二重に祖の重なった話に幕を引くにはそのような存在が必要だった、と今はとりあえず見ておこう。

三穗神社
三穗神社
リファレンス:山と兎画像使用

それよりも土地の話としてここで重要なのは、死んだ太郎の遺体の行方である。頭は引いたように三穂(三穗・みほ)神社として祀られ、今もある。一名「こうべ様」というそうな。

▶「三穗神社」(岡山県神社庁)

胴は奈義町西原に、右手は勝田町右手に、という具合に日本原一帯に飛び散ったとあり、また土地の土が血肉だというわけだが、ここにも創世の巨人が大地となっている、という古い面と、美作菅家七流が展開して行った土地を語る面の両面が含まれているのだと思われる。

三穂太郎満佐
三穂太郎満佐
リファレンス:旬菓匠くらや画像使用

先に予告しておいたように三穂太郎満祐は(仙道を習って空を飛んだなど、多分に伝説的であるとはいえ)一応実在の人物とされ、道真公の後裔にあたる良正が美作に移り住んで、さらにその後裔となる三穂太郎満祐が良く土地を治め、その後ここから七つの氏族が派生した。これを美作菅家七流という。

現状伝説の地をひとつひとつ検証して、土地の祖と菅家七流の祖とのどちらの面を語っている三穂太郎の遺物なのか、ということは分からないが、これを辿ると相当面白い対応一覧が得られるのじゃないかと思われる。ちょっとそのような重なりを持ち、かつ文物が残るという話はそうはないだろう。というよりも、それが実際語られてきたというのが驚異的である三穂太郎伝説だ、というべきなのだ。かくして、龍学が追う所の「蛇を祖とする英雄」がさらに創世の巨人にまで結びつく一話が実在してしまったわけなのである。日本は広い(笑)。

この話は、ダイダラボッチや中世氏族を追うこともまごうことなく「龍学」の一環となるのだということを裏打ちしてくれた。その探求にはずみを与えるとともに、常に振り返って参照されるべき一話となるだろう。

memo

三穂太郎 2013.02.19

中国地方: