竜の玉

門部:日本の竜蛇:中部:2012.03.14

場所:静岡県浜松市天竜区水窪町
収録されているシリーズ:
『日本の伝説30 静岡の伝説』(角川書店):「竜の玉」
タグ:不思議な玉


伝説の場所
ロード:Googleマップ

遠州を流れる天竜川の一本東の水窪川。その水窪の竜戸という土地に今も竜の玉があるという。かなり独創的な展開をする話であり、他に類を見ない所があるので、底本のまま引用しよう。

昔の竜戸は、両側の傾斜地に樹木が生い茂っていて道らしいものもなく、猟師小屋が一軒あるだけのさびしい場所だった。
ある日、猟師は戸中川の暗い峡谷をさかのぼって、黒法師岳までのしたが、獲物にめぐまれず、重い足を引きずって帰ってきた。その途中、変なものを見つけた。それは木の根のような形をした蛇の子で、はいまわっていた。娘のきくの玩具によかろうと、その蛇の牙をぬいて藤づるでからめて持ってきた。きくはそのとき三歳になっていた。
それから女房のお杉は、しだいに痩せて、ときどき血を吐くようになった。不思議なことに吐いた血が地面に落ちない前に途中で消えた。それは何かが吸いとっているように感じられた。猟師は、魔物に憑かれたと思った。お杉の吐血がはじまると、山刀をぬいて振りまわし、魔物を追い出そうとしたが、手もとが狂って、お杉の脇腹に切りこんでしまった。お杉はまもなく息を引きとったが、傷口から一滴の血も流れ出なかったという。
それから一五年が経った。小蛇を相手に遊び暮らしていたきくも、娘盛りになった。そのころは父の猟師も病気がちになり、寝たり起きたりしていた。病状はお杉と同じで、血を吐いていたが、しだいに衰弱して死んだ。猟師の死といっしょに、小蛇が姿を消した。
ある夜、きくは小蛇の夢をみた。「昔、われの父に牙をぬかれ、竜の力を失った恨みで、われの両親を苦しめたが、われに何の恨みもない。これからは仕合わせにしてやる。われは竜の玉が落ちたところへいって、住むがいい」と小蛇がいった。
きくは、小蛇の言葉にあった竜の玉を川の縁にみつけ、そこに小屋を造って住んだ。のちに良縁を得て家運が栄えたということである。

角川書店『日本の伝説30 静岡の伝説』より引用

以下のサイトに伝説を含むこの土地のレポートがあるので参照されたい。

「水窪の民話「龍(竜)戸由来」―竜の玉が落ちた岩」
「伝説の地「竜戸」を訪ねる①―地名由来」
「「遠州の古地図」③=龍頭→竜頭→竜戸」
 (webサイト「出かけよう!北遠へ─ふるさと散歩道」)

水窪
水窪
レンタル:Panoramio画像使用

この水窪の竜戸という所は実に「山間」の谷そのものという感じであり、土砂災害に苦しむこともままあったようだ。「竜」と地名につく所はそのような過去土砂崩れなどのあった所だと言われるが、あるいは竜戸(かつては竜頭であったとも)もそうかもしれない。

また、そうであるからかどうか水窪という所は竜蛇伝承が多く採取されている所である。「怪異・妖怪伝承データベース」からの抽出など参照されたい。中には実際水窪の大蛇が大声で暴れたので土砂崩れが起ったなどという伝説もある。さらに、もう少し広く浜松周辺天竜川流域と見れば、坂上田村麻呂を渡した大蛇が田村公の妻となり(玉袖姫)……といったとんでもない蛇女房伝説もあり、いずれにしても竜蛇を大変重要視していた土地柄であると言えるだろう。

そのような土地の伝説であるこの話だが、中々難しい筋である。一般に蛇にアタをされるとなったら「七代祟る」の二つ名通り、むしろ罪のない子の方に障りが出るものである。それが、蛇が子の遊び相手となり、後竜の玉を残すという報恩譚に変化している。

蛇が飼われた恩に不思議な力を宿す玉を置いていく話や(「不思議な玉」といわれる話型)、そもそも蛇たちはそういう玉を持っているものなので手にすることが出来れば長者になることができるという話(「西谷池の竜女」参照)がある。竜戸の話の「竜の玉」の部分もその一型だとは思う。しかし、その前の展開として両親への報復があるというのはやはり異色である。

考えられることとしては、蛇のもたらす幸不幸の両義性の問題というのはあるかもしれない。〝あちら(祖霊の世界)〟と〝こちら(現世)〟のモノの行き来というのは、あちらで何かが死んだらこちらで何かが生まれる、こちらで何かが死んだらあちらで何かが生まれる、というようなものと捉えられていたと考えられる。下っても「赤子の生まれる夢を見たら誰かが死ぬ」などという俗信があるように、教義の発達した宗教が敷衍して後も、このプリミティブな他界感は根強く残っていただろう。そしてその交換の現場に竜蛇が現われるのだということを他でも再三繰り返し述べているのだが、そう「交換」なのである。

竜蛇は一方的に福を授ける福の神ではない。そこにあちらとこちらをつなぐ空間が出現していることを告げる存在なのだ。そこは幸・富がやってくる場であると同時に死へと引かれる空間でもあるのだ。「不思議な玉」の話もこの理が支配しているはずで、故に幸・富の代償は支払われる。そう考えると両親への報復という形で負の面が前半にまとめられている伝説なのだ、というような読み方も出来る。しかし、実際の伝説のイメージに対してピンと来る解読かというとわれながら不満だ(笑)。やはり難しい話だ、と言わざるを得ない。

これ以上のことは水窪という土地の信仰空間全体を見直していって後に再考するよりない。今は北遠の山奥に思い話を馳せ遊ばせつつ、何かが繋がるのを待つにまかせよう。

竜の玉が落下した跡という岩
竜の玉が落下した跡という岩
リファレンス:出かけよう!北遠へ ふるさと散歩道画像使用

memo

竜の玉 2012.03.14

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