苧ヶ瀬池の社

門部:日本の竜蛇:中部:2012.01.13

場所:岐阜県各務原市 苧ヶ瀬池
収録されているシリーズ:
『日本の伝説34 美濃・飛騨の伝説』(角川書店):「苧ヶ瀬池の社」
タグ:竜蛇と山姥/機織淵


伝説の場所
ロード:Googleマップ

淵に沈んだ娘から竜宮の乙姫に至るまで、竜蛇に連なる女は揃って淵の底で機を織る。一方、山姥は山中の岩屋で揃って糸を紡いでいる。麻を紡いで捲いたものが苧環(おだまき)である。この双方は「女郎蜘蛛のヌシ」というコードで接続すると考えられるが、はじめから話すと長いので、手前味噌だが「機織姫と女郎蜘蛛」の稿など参照されたい。

機を織るヌシのその先に来るのが山姥なのだ。実際多く山姥譚で、その正体は蜘蛛とされるのである。「日本の竜蛇譚」では女郎蜘蛛のヌシを直接扱うことはしないが、ここで竜蛇と糸を紡ぐ山姥を接続していく話を見ておこう。そのようなある意味「一足飛び」な実例というものがあるのだ。

苧ヶ瀬池
苧ヶ瀬池
レンタル:Wikipedia画像使用

苧ヶ瀬池の社:要約
羽黒村(尾張国)に福富新蔵という武士がいた。ある年の八月十五日、月の明るい夜道を歩いていた新蔵が山道にさしかかった時、連れていた犬が急に吠えはじめた。何ごとかと新蔵は上を見ると、白い糸の束のような物が見える。少しずつ近づくと老婆のようにも見える。
話に聞く山姥かもしれぬと思ってさらに近づき、あまりにも犬が吠えるので、弓矢をつがえると、犬はおとなしくなり、新蔵の足元にすわった。新蔵が矢を射ると、いままでの月夜は急に闇になった。東の方が明るくなったので、矢を射った方へ行ってみると、血が点々とつづいて落ちている。
血の跡をたどると木曾川を越え、さらにたどると、大きな池のほとりで消えていた。そして池の名に血のついた苧がせが浮いていた。月影に見えたものを、よく見きわめもせずに矢を射ったことを新蔵は悔いた。山姥は紬を織るために苧(結びつないだ)のかせ(束)を持っていて射られたのであろうか。山姥の霊を竜神として祀ったのが苧ヶ瀬池の社であるという。

角川書店『日本の伝説34 美濃・飛騨の伝説』より要約

どこにも竜蛇は出て来ていない。「山姥の霊を竜神として祀った」という点が重要なのだ。何故そうなったのかといえば山姥(らしきモノ)が姿を消したのが池だったからという以外何も語られないのだが、山姥と池の底の竜女(と糸巻き)には繋がりがあるという感覚がなければ出てこない話ではある。

もっとも苧ヶ瀬池そのものはもともと大変竜蛇伝説の色濃いところではある。「竜宮の入口」とまでいわれる古池のようだ。色々興味深いモチーフも見えるので、これはこれで別途稿を立てることになるだろう。

「苧ヶ瀬池の伝説」(webブログ「俊平の雑学研究所」)

苧ヶ瀬神社
苧ヶ瀬神社
リファレンス:ネイチャーメイツ画像使用

ともかく山姥なのだが、これがたとえば竜蛇譚の竜女が先にあり、下って山姥となった、などということは、少なくとも全体の傾向としてはないと思う。山姥は山姥で太古からその姿で語られてきた存在だろう。どこかでなぜか竜蛇と繋がるのだ。

大地母神には山姥的な側面と竜女の側面がもとよりあるのだから……と言ってしまえばそれまでだが、では竜宮の乙姫は大地母神(グレートマザー)なのかというと、そう単純でもあるまい。さらに、それらが機織・糸巻きという非常に具体的な装置で連絡していくのはなぜか、というと難しいだろう。

しかも、これは日本に限った話ではない。母なるナーガも、蛇巫に連なると思われるギリシアのアテーナーも、北の果てのウルドの泉の三姉妹も皆機を織り、糸を紡ぐのだ。そこにはヒントというより明快な解が示されているはずなのである。

今私にそれを見切る力はないのだが、ここに糸巻きを通じて竜蛇の世界と直結する山姥の話があるのだということは強調しておきたい。山姥の紡ぐ糸は、やはり乙姫の織る機へと繋がっているのである。

memo

苧ヶ瀬池の社 2012.01.13

中部地方: