黒姫物語

門部:日本の竜蛇:中部:2012.06.07

場所:長野県上水内郡信濃町
収録されているシリーズ:
『日本の民話 10 信濃・越中篇』(未来社):「黒姫物語」
タグ:蛇聟入/女人蛇体


伝説の場所
ロード:Googleマップ

このお話は長野県信濃町から東へ、中野市〜山ノ内町へと連なる伝説なのだけれど、その名から黒姫山を地図上ポイントした。要は千曲川を挟んで東西に展開しているのだけれど、黒姫山は北に妙高山、南に戸隠という山塊にあり、東へ向かえば野尻湖があり、千曲川を渡って中野から志賀高原の池沼群を辿れば群馬県に突入していくという土地である。

周辺関連地図
周辺関連地図
フリー:画像使用

黒姫伝説そのものが大型竜蛇伝説と言えるが、周辺各地のそれぞれが大きな伝説をかかえるわけであり、どことどの位繋がって行くのかというのは現状まだ分からない。今回は基本的な伝説の流れそのものを良く見ておこう。

昔、中野鴨ガ岳の麓に小館城があり、高梨摂津守政盛という殿さまが治めていた。政盛には黒姫という大変美しい姫君がいた。ある日、城の者を連れての東山での花見の折、小さな白蛇が姿を見せた。政盛は黒姫に白蛇にも盃をやるようにと言い、黒姫は怖がることもなく盃をやった。 その夜、黒姫が気配を感じて目を覚ますと、枕元に狩衣姿の小姓が座しており、自分は昼間盃をいただいたものであり、どうか妻になってはくれまいか、と言った。黒姫が父のところへお話し下さいと答えると、小姓は了解し姿を消した。
二三日の後、小姓は今度は政盛をたずね、黒姫を嫁にもらいたいと申し入れた。態度物腰に非の打ち所のない小姓に政盛が身元をたずねると、小姓は自分は大沼池の主の黒龍であることを明かした。政盛は驚き、いかに立派な若者といえ、人でないものに黒姫はやれないと断った。しかし、小姓は次の日も次の日も城をたずね、とうとう百日に渡って申し出を続けた。これに政盛は一計を案じ、小姓に自分が馬に乗って城の周りを二十一回まわる後を遅れずについて来ることができたら黒姫をやろうと約束した。
あくる日、馬で走る政盛を小姓は追ったが、さすがに人の姿では追い付けず、ついに龍の姿を現して後を追った。ところが、これが政盛の計略であり、各所に逆植えに刀が備えられており、地を這う龍はこの刀によって見るも無惨に切り裂かれていった。それでも龍は怯むことなく、約束の二十一周を走り終えた。そこで約束どおり黒姫を……と願う龍に対し、政盛はせせら笑って、手下の者達に斬り掛からせた。さしもの龍もついには怒り「この上は湯の山四十八池を切って落とさん」と叫んで掻き消え、激しい嵐が訪れた。
容赦なく大雨がつづき、ついには洪水となって村を襲った。何の因果もない村人たちが水に飲まれてゆくのを見、黒姫は礼をつくして通った龍との約束を違えた父を詰ると、護身の鏡を掲げ、黒龍を呼んだ。たちまち龍は現われ、黒姫を背に乗せると天に駆け上った。龍と姫は山上へ降り、村の壊滅を見た姫は泣き、龍を責めた。龍はその姫の優しい心に触れ、荒れ狂う自分の心を静めると涙を流し、姫に許しを乞うた。これよりこの山は黒姫山と呼ばれるようになり、山の池には今でも龍と姫が幸せに暮らしているという。

未来社『日本の民話 10 信濃・越中篇』より要約

『まんが日本昔ばなし』「大沼池の黒竜」
『まんが日本昔ばなし』「大沼池の黒竜」

この話は『まんが日本昔ばなし』に「大沼池の黒竜」と題して収録されており、筋はほぼ同じものである。先の「護身の鏡」が、はじめに小姓が姫のもとを訪れた時に証として残していった鏡、となっているくらいだろうか。水鏡・そもそも鏡の意味などと関係してこの点重要なのだが、今回はさて置く。

黒姫山
黒姫山
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さて、先に述べた通り、周辺には大きな伝説を持つ土地が連なっているので、この黒姫物語の話の内の何がどこと結びつくか予断を許さない。そこでひとつひとつの事柄を見ていきたいわけだが、その前に、同地域に語り継がれた類型話を見ておこう。

(黒姫を妻に申し込み、殿さまに裏切られるまではほぼ同じ。傷ついた黒竜は姿を消す)ところがある日、化粧をしようと鏡にむかった黒姫は悲鳴をあげた。首から胸にかけてびっしりと蛇のようなこけらが生えていたのだ。
殿様はありとあらゆる力に頼って、黒姫の体を治そうとしたが、姫の体は治るどころかこけらは全身におよび、次第に蛇の体のようになっていってしまった。悲観した黒姫は乳母のお種さんを連れて、家を出た。彼女は妙高と戸隠の間にある山の山頂にたどり着いた。そして、もはや人間の姿ではないから…と、自分の化粧道具を捨てると、それは7つの池となった。最後に両親からもらったお守りを捨てると、それは大きな池となり、彼女はそこに身を投げた。乳母もその後を追った。/塚本啓『野尻湖と伝説』(信州)より

webサイト「黒姫ロッヂぴゅあ」より要約引用

高梨政盛は実在の戦国武将であり、小館城(高梨館)も現在公園として中野市にある。高梨氏に関して要注目なのは、上杉謙信に連なる越後長尾氏と姻族であるという点だ。政盛は謙信の曾祖父にあたるかもしれないとされる。

高梨館跡公園(webサイト「中野市公式ホームページ」)

また、高梨氏は越後の方へも版図を持っており、新潟県にも糸魚川・柏崎にそれぞれ黒姫山がある。現在は詳細不明だが、このあたりは広域伝承に連なるものが見つかるかもしれない。

次に中野から夜間瀬川を遡って横湯川に入ると、「温泉寺の無縫塔」伝説がある。この伝説に登場した温泉寺で修行した大沼池の大蛇とは大沼池の主であるとするならば、黒姫伝説の黒竜のことに違いない。温泉寺の再興が弘治年間(16世紀中葉)であり、高梨政盛が永正十年(1513年)に死去したと言うから、時代的に近いものがある。先に引いた類話では黒姫は黒姫山にあり、黒竜はおそらく大沼池の主のままなのだが(大沼池の方ではこの伝説となる)、この一件を竜王にたしなめられての温泉寺の修行だった、というようなことであるかもしれない。

さらに東へ辿り、志賀高原の大沼池に至る。ここにはこれらの伝説の黒竜・大蛇が「大蛇神社」として祀られている)。

大沼池と大蛇神社の湖中鳥居
大沼池と大蛇神社の湖中鳥居
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大蛇神社(webサイト「神奈備」)

このようにこちらでは黒姫は事態を収束させるために大沼池に身を投じており、黒竜・大蛇はこの池の主のままである。

また、南西側近くには「黒姫池」もあり、こちらにはこちらの黒姫伝説があったのだろう。これはより古い形の女人蛇体の伝説であったと思われるのだが、このことは群馬県の「榛名湖伝説」の最後に引いた草津の伝説を参照されたい。そこでも指摘したが、志賀高原のすぐ南側が草津の伝説の舞台であり、伝承の流れとして繋がっていると思われる。それはさらに榛名湖伝説の原形的な側面でもあるだろう。

さらに付け加えるならば、大沼池の西の方には「琵琶池」もあり、信州の「琵琶法師と竜」の伝説がある(この話はあちこちにある)。大沼池の黒竜の眷属であるだろう。ともかくこのように最初にあげたエリアというのは池沼と川と竜蛇の話が連綿としているところなのだ。

では、舞台はこのくらいにしておき、伝説そのものの内容の方を見ていこう。先に見た群馬の方との繋がりから考えるに、おそらくこの話は類話に引いたような女人蛇体の方がもとにあった伝説で、表題話はここから昇華したものだと思われる。

蛇聟入譚というのは下るにつれて(「めでたし、めでたし」が必要となるに連れて)、最終的には蛇聟を討伐する話になる傾向がある。概ね瓢箪千個・針千本という蛇の弱点を突いて、娘が大蛇を退治する。これは伝説というより昔話として語られる傾向が強いと言えるだろう。その傾向に対し、黒姫物語は黒竜と黒姫の婚姻という型に話が収束していったところが注目される。「夜叉ヶ池」の類話に見たような神婚譚として語られる古い型と思われる蛇聟入譚が黒姫伝説の地にもあったのかもしれない。

南は信州安曇の小太郎伝説、北は越後の五十嵐小文治伝説と、いずれ劣らぬ蛇祖伝説の地に挟まれていることからも、下って流入した蛇聟入譚であるよりも、古い蛇祖伝説が語られていた可能性を考えておいた方が良いだろう。これが高梨氏から長尾氏に至る一族の古い物語を語るのか、あるいは在地のより古い一族の話が取り込まれていったのかは分からないが、ともかく土地の王の王権神話的なものであった可能性を考えておいた方が良いということである。

中野から望む黒姫山
中野から望む黒姫山
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もう一点、表題話に見る「黒姫山の黒竜と黒姫」というイメージに収束する話型の謎は、黒姫山が遠過ぎる、という点にある。「黒」が竜についたばあい、これはそもそも荒ぶる河川・洪水のことを暗示している。相州江の島縁起に見るように、荒ぶる竜に対し、弁天が降臨してこれと婚姻し鎮める、というのは弁天信仰の基本形でもある。大沼池の大蛇神社では黒姫は弁天として祀られている。黒姫物語は単純に洪水の悲劇を伝える側面も強い。

しかし、これが話に見るように大沼池の方から中野への水系・ないし合流する千曲川水系の問題であったとしたら、そのラストが遥か西の黒姫山になるというのは意味不明である。そちらから中野の方へ水が流れていたりはしない。黒姫山の北側にあるのは関川の源流であり、直江津に注ぐ。黒姫山が洪水という竜を鎮める象徴とされるならば、それは関川の竜のことになるはずだろう。

関川上流苗名滝
関川上流苗名滝
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単純に考えれば、高梨氏の領土が中野から広がっていき、千曲川と関川の双方が傘下に入った、ということであるかもしれない。そうであれば大水を制するだけでなく、水利権の話ともなるだろう。高梨氏の詳細な歴史を調べて行ったら、この伝説の拡大と呼応するところがあるかもしれない。そして、そのあたりが見えて来るようならば、そこに「竜蛇のわたり」のモチーフが持つ一面が強くあらわれると思うのだ。黒姫物語は主人公が一帯を実際治めていた武将の姫、ということで、その線を追うことができる可能性のある竜蛇譚でもあるのだ。

その辺りのそれぞれの水場の竜蛇譚というのもどうも膨大な伝承があるようだ(「長野県の竜蛇:怪異・妖怪伝承データベースより抽出」を参照)。それらをつぶさに見ていってどう連絡していくのかも楽しみだが、いずれにしても「黒姫物語」は信州の北端にあって周辺に広く密に連なっていく竜蛇伝承のセンターである可能性がある。

小太郎伝説・諏訪明神・戸隠の九頭竜と超大物が並ぶ土地にあって霞みがちではあるが、この黒姫と黒竜の物語は先へ行っても大変重要な意味を持つと考えている。

memo

黒姫物語 2012.06.07

中部地方: