新羅始祖 赫居世王(前半)

韓国:慶尚北道慶州市

辰韓(斯廬)の地には、昔天から降りてきた祖先たちが営んだ六つの村(六部)があった。前漢の地節元年壬子、三月初一日に六部の祖先たちが子弟を連れて閼川のほとりで相談し、六部の上に徳のある君主をいただき国をおこし、都をさだめよう、と決めた。

そこで皆で高い所に登ると、楊山のふもとの蘿井(ネオル)のそばに、不思議な気配がしているのがみえた。あたかも雷光のような光が地面にさしたかと思うと、そこに一頭の白馬が跪いていて、礼拝するような姿勢をしていた。皆が行ってみると、一個の紫色の卵(青い大きな卵であったともいう)があり、白馬は人々を見ると長くいなないてから天に昇ってしまった。

卵を割ると中から男の子が出てきた。端正で美しい子で、東泉で沐浴をさせると体から光彩を放ち、鳥獣が舞い、天地が揺れ動き、日月が清明さを増した。これによりその子を赫居世(明るく照らし世間を治めるの意)と名づけ、子が口を開き自ら閼智居西干(アルチカツハン・始祖王である小児の意)がひとたびおこる、と言ったので、位号を居瑟(カツハン)邯(あるいは居西干)とした。

金思燁:訳『完訳 三国遺事』(明石書店)より要約


『三国遺事』より赫居世王の記述の前半部。はじめの方にはその六部の成立が地誌的に長く書かれているのであるが、そこは大幅に要約。ただし、赫居世がその六部のいずれからも出ていない、ということを記しているとされ、その点は重要であるようだ。

さて、韓国朝鮮の竜馬は壮士の死の際に姿を現す傾向があるが、死に臨んで現れるなら生に臨んで現れもするはずだ。少なくとも竜蛇はそうである。竜馬はどうかというと、すでに紹介したように棠木山の龍馬がいななくと鱗をもつ壮士が生まれるのであった。

棠木山の龍馬
北朝鮮:京畿道開城:棠木山に住む龍馬が吠えると、壮士が誕生するといわれていた。

これは日本や周辺諸国、あるいは世界を見渡して、そういう背景のありそうな民俗があるかというと現状よくわからない。本邦東北地方では、産の神を馬が山から下ろしてくるが、馬そのものが安産をもたらす存在かというと微妙だ(馬の頭をなでると安産、というのも無くはないが)。今後の課題だろう。

しかし、韓国朝鮮ではそれは現れるのであり、これはかなり古くにさかのぼる話にもなる。新羅建国の神話において、そのシーンはすでに描かれているのだ。始祖・赫居世(バルクヌイ)が卵から生まれたという話はよく知られるが、上に見るように、その出現を告げたのは天かける白馬だった。『三国史記』にもほぼ同じ筋の話があるが、馬は天に昇らず、人々が赴いた時にはいずこともなく消えてしまっている。一般に『三国遺事』の方が伝説的なディティールをよく記しているので、こちらで見ておきたい。

ともかく、このように始祖(新羅の場合三つの系があるのだが)の誕生の際に白馬がそれを告げているのだ。これが竜馬といわれる存在に等しいことは多くの韓国朝鮮の竜馬伝を見て明らかだろう(ただし、『三国遺事』全般に「竜馬」の表記はない)。英雄、ないし力士といわれる反英雄(同等の異能を持つが逆賊となる危険が恐れられる存在)の誕生と死には竜馬がまつわる、という感覚は、少なくとも『三国史記』が編纂された時代にはあったようだ、と見たい。この感覚に関しては以下なども参照されたい。

竜馬の出てきた墓
韓国:江原道平昌:異常な成長をする子が恐れられ殺され、埋められたところから竜馬が飛び立ったが、これも死んだ。

ところで話は竜馬から離れるが、この赫居世誕生の神話は後半にも龍学上重要(かつ難解な)モチーフが並ぶので、併せて見ておきたい。后の閼英の誕生と、二人の死後のところに竜蛇が現れる。

新羅始祖 赫居世王(後半)
韓国:慶尚北道慶州市:赫居世の妃は閼英の現れた鶏竜から生まれた。