タテクリカエシ

宮崎県東臼杵郡美郷町内:旧西郷村

昔、おせりと中迫(なかせり)の間のオオカミ渡しというという所にも田んぼがあった。田植えもすんで、水まわしが日課の藤(とう)どんが、いつものように見廻りに行くと、おばね(頂上)の方から丸太ん棒みたいな物がブンブンと音をたてて降りてきた。

何かと思って良く見ると、それは五尺ぐらいの長さで、胴回りが藤どんの腕くらいの蛇だった。そして、魂消たことに両方に頭がついていて、両方の口から舌をチョロチョロ出して藤どんを睨むのだ。藤どんは腰が抜けそうになりながら、一目散に逃げ帰り、布団をかぶって寝込んでしまった。

翌日、家主の徳じいさんが心配して声をかけても「タテクリカエシが出た」といって震えている。徳じいさんは、それなら今日は俺も行くから、といって二人で出かけた。すると昨日と同じように、タテクリカエシが降りてきて、舌を出して徳じいさんを睨んだ。

しかし、徳じいさんは弁指(区長)を務めるほどの肝の座った人だったので、よくよくその怪蛇を見た。すると、それは蛇が蛇を飲んで二匹で一匹になったものだった。徳じいさんは、上から下に下るだけなら人間なら三つの子でもできる、下から上に登るならみんな怖がるだろう、とタテクリカエシを挑発した。

すると、タテクリカエシはブンブンといつもより激しく音をたてながら、おばねの方へ登って行った。それからは、オオカミ渡しのタテクリカエシは、人間を見ると山上に登って行ってしまうようになったので、藤どんも安心して水回りに行けるようになった。

『西郷村史』より要約


「おせりの滝」という竜をヌシとする滝淵近くの話。竜は「おせりさん」と呼ばれているが、その近くの怪蛇故におせりさんの眷属だという感覚もあるかもしれない。

おせりさんとウナギ
宮崎県東臼杵郡美郷町内:旧西郷村:山法師に長虫だ鰻だとからかわれた竜のおせりさんが怒ったので、鰻が棲まなくなった。

ともかく、ここではタテクリカエシが双頭の怪蛇として語られている。蛇が蛇を呑んだら両端が頭にはならないのじゃないかという気もするが、そのへんはご愛嬌だろうか。一応、ツチノコの一種になるだろう(比較的スマートな感じだが)。

一般に「タテクリカエシ」という妖怪は土佐の方で語られるもので、必ずしも蛇とはっきりいうわけではなく、多くは転がってきて人を転ばせる手杵といわれる。「転バシ」と総称される怪の一種だ。もとより転がる横槌などと同じなのだが、これが日向では蛇のことだとはっきりいわれているわけである。

このような存在は四国の方では「狸の仕業」になってしまうものだが、明らかに直接連絡があって伝わったのだと思われる日向で「蛇」としているのだ、と引くことのできる話だろう。狸の話は以下など参照。

槌の子狸
徳島県美馬市:夜になると槌が転がってきてまとわりつく。そういう子狸の悪戯があった。