浮膳ものがたり

宮崎県東臼杵郡美郷町内:旧西郷村

昔、小原と笹陰の村では、祭や祝い事があると、おせりさんから膳・椀・箸など一式を借りてきて使う習わしであった。弁指どん(区長)が水垢離をしておせりさんに頼みに行き、翌日村人たちがカゴを持って宮の裏の淵に行くと、神紋のついた膳椀がプカプカ浮いているのだった。

ある年、祝いの席で若者の一人がお膳の足を折ってしまった。そして、叱られるのが嫌で、飯粒で貼付け、素知らぬ顔をして淵に返してしまった。次の年になり、いつものように弁指どんが願をかけたが、膳椀が浮き出なかった。

驚いて詮議すると、若者の行状が知れた。若者はそれ以来ずっと病の身だという。さっそく弁指どんがおせりさんにお詫びをしたところ、若者の病はすぐに良くなった。しかし、それからはおせりさんは膳椀を貸してくれなくなってしまった。

『西郷村史』より要約


おせりの滝淵は例によって竜宮に通じるとされるのであり、当然竜宮の椀貸し淵の伝説が語られる。話型としてはこの上ないくらいの典型話だ。しかしまったく全国で良くもこう変わらず語るものである。例えば信州では以下など。

竜神さまの貸膳
長野県松本市内:旧安曇村島々:竜宮淵の竜神がお膳を貸してくれた。七月にキュウリを供える。

滝のヌシの竜「おせりさん」と村との仲介はこの「弁指(べんし)どん」という区長が一貫して行うのであり、おせりの滝にまつわる伝承も弁指どんになった人が語り継いできたようだ。この村役はかなりはっきりしたもののようで、あるいは膳椀も弁指どんに伝えられたりしたのじゃないかと思わないでもない。