千鳥ヶ池

福岡県古賀市舞の里

昔、池の近くに年若い夫婦が仲良く住んでいた。野良仕事をするには不釣り合いな美しい妻は、宗像郡の神興村から来たとも、どこからともなく不意にやってきたとも噂されたが、夫婦はあまり村人との付き合いもなく、詳しいことは誰も知らなかった。

この夫婦には不思議な約束事があった。妻は夫に畑仕事から帰ってきたときは、身だしなみを整えたいので戸をあける前に咳払いをしてくれ、と頼んでいた。

夫は可愛い妻のためならと約束を守っていたが、ある日、考え事に夢中になっていて、咳払いを忘れて玄関の戸をあけてしまった。すると、妻は大慌てで着物の袖で顔を覆ったのだった。その一瞬、夫は青いぬめった肌の恐ろしい顔を見たような気がしたが、すぐに元の美しい妻の顔となっていた。

しかし、夫はこの一瞬が忘れられなかった。そこで、ついに畑に行くふりをして取って返し、家の様子を外からうかがった。中からは何かが這うような音がする。あわてて夫が家に駆け上がると、そこにいたのは妻の着物を着た大蛇だった。

大蛇は、自分は以前あなたに助けられた蛇だ、といい、その恩返しに妻となって尽くしてきたが、もう傍にいることはできない、と泣いて恨むようにいった。そして、天井に向かって跳ね上がり、そのまま空を飛ぶと、近くの池に身を投じた。それからその妻の名千鳥から、池は千鳥ヶ池と呼ばれるようになった。

西日本新聞社『福岡県の昔ばなし』より要約


子を成していないので蛇女房というより蛇報恩という話か。ともかく、大雑把な筋だけ見ると特に変わったところもない、典型的な「蛇の恩返し」+「見るなの禁」という話である。ただ、要注目なところがこの話にはある。

まず、『福岡県の昔ばなし』には上の筋しかないが、この千鳥ヶ池の伝説には前半があり、人の娘千鳥が蛇となって池ができるということがこの何年か前に起こっていた、という。

千鳥ばなし
福岡県古賀市舞の里:母が死に際に娘の千鳥に鏡を見ぬように遺言する。その禁を破って自分の縮れあがった髪を目にした千鳥は蛇となった。

これがもしはじめから一連のものであったとすると、一般の女人蛇体の伝説よりも大きな背景がある話の末じゃないのかと思えるのだが、そういう節もある。話中語られている、妻がそこからやってきたと噂される宗像郡の神興(じんごう)村とは、今の福津市の東福間駅周辺だが、今も「千鳥さま」を祀る小祠があるそうで、何らかの信仰が構成されていたきらいがある。

神興は、宗像三女を祀る元宮ともいわれる(だからこの地名だという)神興神社の鎮座地でもあり、万が一「千鳥伝説」がその流れから出ているとすると相当に根が深いものということになる。

池のヌシの白蛇千鳥は、このようなことがあって人を嫌うので、人がこの池に身投げしても池の面に浮かびあがってしまうので助かる、などという伝もあり、どうも神的な面持ちがある。もちろん、日照りの際には雨を降らす存在でもある(この池の水を田に引こうとすると雨が降る)。

やはり、千鳥ヶ池の方ではなく、神興の方に祀られるという「千鳥さま」の祠がどのような信仰の上に成り立っているのか、という点が最重要ポイントになるだろう。現状それはわからないが、そこに糸口があるように思う。