多鯰が池

鳥取県鳥取市

昔、因幡の丸山村に池田という長者があった。ある年、隣の湯山からお種という女中を雇い入れた。お種は大変な器量良しだった。

長者の家では毎晩下男下女が集まって、囲炉裏のそばで四方山話をするのが常だった。そんな時、お種はどこからともなく沢山の柿の実を持って来て振る舞うのだった。はじめの頃は皆気にとめなかったが、度重なると怪しむようになった。屋敷の近辺には柿はないのだ。ある時、いつものように皆で集まるというので出かけるお種を下男があとをつけた。

そうとも知らず、お種は多鯰ヶ池につくと、草履を揃えて脱ぎ、身を踊らせて水中に飛び込んだ。お種の姿は蛇体に変わり、沖合の島に泳ぎつくと、その島にある柿の木によじ上った。あとをつけていた下男たちは仰天し「正体を見たぞ」と叫んでしまった。

それを聞いたお種は池水をかき回し黒雲を起すと天高く舞い上がり、その後皆で探しても再び姿を現すことはなかった。村の人々はこの昇天の日をお種の命日とし、毎年十月一五日に餅を搗いて柿の葉にのせ、池に投げこむようになった。(『河原地方伝説集』)

みずうみ書房『日本伝説大系11』より要約


多鯰ヶ池(たねがいけ)の名の由来の話でもあり「おたね」の池だからそういう。弁天として祀られてもいて「お種弁天」といい、今もある。

『大系』には(多鯰ヶ池の)八話の類話があり、「おたね」は娘だったり女中だったり色々だが、島の柿の実をとってくるという点は共通している。病身の家の者の願いに応えておたねが柿の実をとってくる、というものもあり、霊力のあるもの(柿の実)を持って来る、という所が強調されている。

この件は端的いえば「常世の実を守る竜蛇」というイメージはあったか、ということになるのだが、非常に直裁な伝説としては日向の「おせりの滝」などにそういう話がある。

黄金のみかん
宮崎県東臼杵郡美郷町内:旧西郷村:おせりの草刈りを怠らなかったミスばあさんに黄金に輝くみかんがもたらされる。

この多鯰ヶ池も大枠を取ると「蛇が彼岸の果実を此岸にもたらす」という話であり、これも負けず劣らず興味深いモチーフである。

また、ここまで舞台や道具立ての揃っておらず、単に竜蛇が果実に執着する、という話ならば他にもそこそこ見える。

柿食い竜
愛知県大府市大府町峯畑:毎年柿がなると盗ってしまうものがあり、夜を徹して張り込むと、それは竜の仕業だった。

多鯰ヶ池のお種伝説は、それらの単純な話がどこを指していると考えるべきか示唆するものともいえるだろう。