蛙の恩返し

未来社『日本の民話14 大阪・兵庫篇』原文

むかし、ある男が田のあぜ道を歩いていますと、蛇が蛙をくわえて、いまにも呑みこもうとしているところへ出あわしました。蛙があまりにかわいそうに思えましたので、
「蛇や、どうかその蛙をみのがしてもらえんかのう。わしの頼みを聞いてくれれば、お前を嫁にしてやってもええが……」
と蛇に頼み込みました。すると、話が通じたのでしょう。蛇はくわえていた蛙を放して、するすると草の茂みに姿を消しました。蛙はうれしそうにぴょんぴょんと跳ねて逃げてゆきました。
「ええことをしたわい。」
若者はいい気分で家に帰りましたが、ひょいと気がかりになったのは、蛇を嫁にもらう口約束をしたことです。が、二日経ち三日経つうちにそのことはすっかり忘れてしまっておりました。

秋も深くなったある日のこと。
男は夕飯をすませ、イロリのそばにごろりと横になっておりますと、コン、コン。コン、コンと雨戸をたたく者がいます。
「誰じゃ?」
と寝ぼけまなこをこすりこすり、雨戸をくってみますと、それは肌が白くて美しい、目のすきとおるように澄んだ娘が立っています。娘は、男の前にひざまづいて、
「わたしは、あなたの嫁にしてもらうためにやって来ました。どうか嫁にして下さい」
といいます。
「めっそうもない。なにをおっしゃる。わしはごらんのように貧しい百姓男。とてもあなたのように美しい方とは不似合いな縁組やで……。」
しどろもどろになって、断わりつづける男に、やがて娘は顔色を変え、額に青い怒りのすじを立て、口をわなわなふるわせて、
「約束を忘れたのですか。それなら、私にも心づもりがございます」
というのです。男の顔色は、その一瞬まっさおに変りました。蛇との約束を思いだしたのです。どんな仕返しがあるかもしれない、と思うと、男はぶるぶると身を震わせ、全身に冷汗を流しながら、
「ごらんのような貧乏暮らしでもかまわなきゃあ……」
とやっと、答えました。

すると娘はたいへんによろこんで、その日から男の家で暮らすようになりました。困ったのは男のほうです。この嫁が蛇の化けものだということははっきりしています。とうとう翌日から男は病気になってしまいました。しかし嫁はまめまめしく親切に世話を焼いてくれます。親切であればあるほど、男は生きた心地もないのですが……。
そうしたある日。旅修業の尼さんが村にはいって来て、男の家の門口に立って長い間おがんでいましたが、嫁がご報謝に出て来ますと、
「そなたの家には、病人がおいでのようじゃが、どんな様子じゃな」
と親切に問いかけます。男の病気にすっかりとほうにくれていた嫁は、思わず手を合わせて、
「それが……日ごとに弱ってまいりますので……尼さんどうかよい薬でもあったらお教え願えませんやろか」
と頼むのでした。
「やっぱりそうでしたか。それは心配なことじゃ。それではわたしの知っておるいい薬をお知らせしましょう」
と前おきして、あの山を越えると海がある。その海のずっと向うに小さな島があり、そこの一本の高い松の木にタカが巣をつくっている。その卵を飲ませるがいい。しかし、タカは一生懸命に番をしているから、とってくるのがなかなかむずかしいことを教えてくれました。

それを聞いた嫁はすぐ旅立ちの支度をしてタカの卵をとりに出かけました。山を越えると、海がありました。海岸までくると、嫁はもとの蛇の姿にもどってザブンと海へ身を踊らせ、やがて島へたどりつきました。そして難なく松の木に登りはじめ、タカの巣に近づいたのですが、とつぜん、巣から二羽のタカが舞い上がり、鋭いくちばしで蛇におそいかかり、やがて蛇は力もつきはてて、松の木からもんどり打って落ちてしまいました。地上に長くのびた蛇は、もう動きませんでした。
……その話が、どこからか伝わってきました。やがて男の耳にも届いて、男の病気はすっかりなおってしまいました。そして、「あの尼さんは、あのとき助けた蛙が、ご恩返しに来たのではなかったろうか」と思うようになりました。そして、「あの嫁も蛇の化けたかわいそうな身の上だが、私のためによくつかえてくれたものだ」と考えて、お墓を作ってていねいに葬いましたと。

はなし 中野ゆき
採 集 秋山富雄

未来社『日本の民話14 大阪・兵庫篇』より