駒ヶ岳の蛇ぬけ

長野県木曽郡上松町

昔、駒ヶ岳に雌雄の大蛇が住んでいた。大蛇が竜となって昇天するには、海に千年、山に千年の修行をする。駒ヶ岳の大蛇は、その修行を終え、いよいよ竜になって昇天しようとしていた。

そして、駒ヶ岳の一角を〝じゃぬけ〟させて、滑川を下り、さらに木曽川を下り、勢いをつけて天に駆け上り、竜になったという。

『上松町誌 第二巻 民俗編』より要約


「蛇」とつく地名は崩壊地名という、土砂災害などの痕跡を示す地名であることも多い。蛇崩れ・蛇抜け・蛇走り……などあり、併せてこのような伝説が語られる。これらの例としては以下の話なども参照されたい。

蛇走り山
岩手県大船渡市末崎町:大暴風雨に竹林を背負い走り出した大蛇の話。

大体大雨の時の山崩れというのは徐々に崩れるというより一瞬でボコッと行くものなので、目の当たりにしたらそりゃもうこの世の理のうちの出来事とは思えないであろう。

ここで重要なのは、崩壊が大蛇の昇天で起こるということは、崩壊していない山には千年を待っている大蛇がいる、ともイメージされていただろうということだ。

神社の中には「そこに建てたら崩れるに決まってる」というところにあるものが多いが、その理由にこの感覚があるだろう。要するに「今暫し抜け出てくれるな」という祀りである。それはそこを聖地として恒久的にとどめようという感覚とは大分違う。これが現代の我々にはちょっと見えにくいものとなっている。

また、冒頭「雌雄の大蛇」といっていて、後段にその意味がなくなっているが、このあたりはそもそも竜蛇が雌雄で語られるものだったのかもしれない。寝覚の古池の竜も男女と語られ、女竜の方はこの駒ヶ岳の縞池というところに越している。

床島の古池の話
長野県木曽郡上松町:男竜の化けた美男の若者に、村の娘たちが惹き寄せられてしまう。