乙女湯

山梨県富士吉田市下吉田

乙女湯のある所には、昔美しい娘がいた。夜な夜な抜け出すようになったので家人がつけてみると、新倉山の三階の滝の竜だか蛇だかのヌシに見込まれていた。そして娘は、家の衆には申し訳ない、もういられなくなったが、かわりにどんな日照りにも涸れない水を残すから、といった。

それ以来、あそこには乙女湯という湯があったのだが、そこから絶えなく水が湧くようになった。それを後に鉱泉だかの湯を立てて入るようになった。

『富士吉田市史 民俗編 第二巻』より要約


この話は郡内上野原の方までも同じように語られる(『まんが日本昔ばなし』の「乙女湯」はそちらが舞台)もので、甲斐では人気の展開だったのだといえるだろう。場所によってヌシの所在も様々だ。

富士吉田にはその名も「乙女湯」という温泉施設があるようで(少なくとも市史の段階では写真が載っている)、その温泉の由来伝説となっている。ここが重要な所だ。水をもたらす竜蛇の話は枚挙にいとまがないが、鉱泉とはいえ温泉を湧かすというのはそうはない。

長門の方では住吉の神が湧かした温泉があって、その後竜体になって去ったなどといい、伊豆熱海では白竜を温泉の脈だなどともいうが、中々端的に「竜蛇の温泉」というのはないだろう。「温泉につかる大蛇」の話などは以下参照。

天狗石と大蛇
静岡県榛原郡川根本町:温泉に棲む大蛇が、雷王に討たれた天狗を助ける。

しかし、甲斐の温泉複数個所でこの「乙女湯」伝説を語り継いだということは、竜蛇で温泉、というイメージもあったのかもしれない、と思わせる。小栗判官伝説などの方向に向けて、この線は大事になる可能性がある。そうした復活の水・若水の方向、即ち養老の水伝説に繋いでいく話としては、日向の「おせりの滝」の霊水の伝説などを参照されたい。

おせり奇譚
宮崎県東臼杵郡美郷町内:旧西郷村:立派な人だが体の弱かった弁指の亀鶴どんが、おせりに祈願して霊水を得る。