厄年の大蛇

『鹿島町史 通史・民俗編』原文

むかし、ある男あ、嫁を貰うてから、一か月も経たんのに、遠い所へ一人で出稼ぎに行ったと。そしたら一年も経たんがに、家から便りが来て、「嫁様が子供を生んだが、難産で寝とるさかい、早う戻ってこい」と言うてきた。「こりゃ大変や、早う戻ってやらにゃ」と思うて、男は旅支度もそこそこに、すぐさま雇い主の家を飛び出した。そしたら宿のある町へ着かんうちに日が暮れてしもうた。「弱ったな、何処か寝る所はないやろか」と探しとったら、道の側に小さなお堂があった。「そんならここで一寝入していこうか」と、堂の中に入ってウトウトしとった。そしたら夜中に、神様がスーッと前に現われた。「お前の嫁さんは、これこれという名前やろ」と言うたもんで、びっくりして、「その通りやわね」と答えると、その神様はまた言うた。「嫁さまも元気になったし、赤ん坊は丈夫な子やから安心せい。そんじゃが、その子供が二十五歳になったら、大厄を受ける事になる。そんでもわしがついとってやるから命は助かるやろ、お前様が、このお堂に泊ってくれた縁でな」と言うて、またスーッと消えてしもうた。男は不思議な夢をみたわいと思うて、家に帰ってから、この事を嫁さまに話したと。

それから二十五年経って、赤ん坊は良い若い衆になっとった。そんな時、在所の用水池が水洩れするもんで、普請する事になって、若者も、村の人と一緒に汗水垂らして働いた。昼になったもんで、みんな土手に座って、持ってきた握り飯を喰べだした。若者は、何故か、余り喰べたいとも思わず、持ってきた握り飯を、ソーッと土手から転がして、池の中に沈めたと。そしたら、暫くたつと、池の水がムクムクと盛り上がってきて、その中から、でかい大蛇が、ムックリと顔を上げたがや。村の者あ、みんなびっくりして、一目散に村の方へ逃げだした。ほんじゃけど若者は一人そこに留って、じっとその大蛇を見つめとった。大蛇は段々こっちへ寄ってきた。そして若者に向こうていうた。「今程は、おいしい握り飯をよばれたわね。今までに何人かの若い男を、池に引きずり込んで喰べてしもうて、今度はお前様の番やとねろうとったがや。ほんでも、今、握り飯を貰うて、お前様の慈悲深い心に触れて、そんな気持はのうなった。本当に有難うございました」と言うて、深々と頭を下げると、また水の中へ入って行ってしもうた。

若者は、家に帰って、その話を両親にしたら、「そんなら、二十五年前に、神様が教えてくれた、命拾いの話とはこの事や。何と有難いこっちゃ」と言うて、神様にお礼をいわんならんちゅうて、沢山のお供え物を持って、夢をみた道の側のお堂へ持って行ったと。それきりぶっつり。(武部)

『鹿島町史 通史・民俗編』より