白竜の稲荷

東京都世田谷区奥沢

Nさん宅の屋敷神は伏見稲荷大明神で、白竜であると伝えられている。初午と毎月1・15日に、戸主が酒・水・榊・塩・生卵1個を供える。生卵を供えるのは、Nさん宅の稲荷様が白竜であるからだという。また、この家では稲荷様に油揚を供えない。この稲荷は、屋敷の鬼門に東を向いて祀られている。以前、農業をしていた頃は五穀豊穣を祈っていたが、今では家内安全を家族の者で祈っている。また、この家から嫁に出た者など親類が参ることもあるという。稲荷様の周りの木を切ったりしては祟りがあるのではないかと植木屋は恐れ、オアカリをあげ稲荷を祀ってから仕事を始めているという。

『世田谷区民俗調査第5次報告 奥沢』より原文(名前表記を改編)


報告書では「Nさん宅」が実名であり、事例名も「Nさん宅の稲荷」だが、そこを変えてあり、タイトルを独自につけた。それ以外は原文のままである。

稲荷だらけの江戸・東京であり、お屋敷神も稲荷が圧倒的に多いのだけれど、中にこういった「白竜」であるというお稲荷さんが祀られているのだ。生卵を供えるというのだから、実質白蛇であろう。なお、同稿には近隣のお屋敷神の稲荷祭祀の事例が並んでいるが、竜蛇だというのはこれだけで、あとは普通に油揚などを供えている。

全国的には、このような白蛇を祀った稲荷というのはままある。

栄町稲荷社
新潟県燕市内:旧分水町地蔵堂:明治末の洪水の際、柳の木に留まった白蛇が流れてきた。これを稲荷に祀った。

奥沢の場合は、印象として単に弁天であったのではないか、とも見える。また、この辺りは社宮司が蛇の面をもって稲荷化する、ということもありうる土地だ。その点は注意で、はっきりと「竜蛇だから稲荷として祀った」、といえる代表事例とするわけにはいかないが、可能性のある例としては押さえておきたい。