水害を救った梶坊

埼玉県坂戸市小沼

いつごろのことか定かではないが、まだ三芳野耕地が大雨のたびに水害になやまされていたころのこと、小沼の東光寺に梶坊という僧侶が住していた。この梶棒が洪水のたびになげき苦しむ里人の姿を見て、その害を除く祈禱をしたところ、対岸の赤尾と島田にある諏訪明神があばれ、堤を破壊するのだというお告げを得た。そこで梶坊は、自ら堤の守護神となって水害を防ぐことを決意し、八大龍王をまつり、生きながら龍神となるべく堤防下の沼に身を投げたという。それ以来、堤防の決潰はなくなったので、その徳を慕った里人は沼のほとりに梶房大権現として祀ったのである。(坂戸市教育委員会『坂戸市歴史散歩』)
※梶坊・梶房の表記はまま

『坂戸市史 民俗史料編 I 』より原文


この伝説は島田と赤尾の諏訪の竜神を迎え撃った小沼の神の話であり、先に島田の方の伝説を見ておかれたい(「対岸の」とあるが対岸ではない)。

島田のお諏訪さま
埼玉県坂戸市島田:越辺川が溢れそうになると島田と赤尾のお諏訪さまが竜神となり、下流の小沼の堤を切りに飛んで行った。

そもそも僧・梶坊が身を投げた沼が、それ以前の洪水でできた沼であるという。今は沼はないが、小沼の北辺には島田・赤尾から村を守るかのような堤があり、その下に「梶房大権現」と刻まれた石祠が納まる小さな祠がある。

伝説では対抗したのは「小沼のお諏訪さま」であるともいわる。「梶」というのは諏訪神社の神紋であることから見て、本来は「小沼のお諏訪さま」であり、それが「梶房」と呼ばれたものが「梶坊」という僧のことだった、となったのではないかと思われる。

ただし、僧・梶坊がいたという東光寺はまた浄水院というが、名のとおりの神秘の小池があったことによる名といい(今は寺の境内に模したものと思われる小さな池があるのみ)、もとより土地の神聖な池沼の神への信仰があったという面もある。